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紙の本と紙じゃない本
このところぼんやり電子書籍について考えてました。

わたしはもともと新しいものにはなかなか参入できないのではありますが(CD、携帯、DVD導入もだいぶ遅かった) 、電子書籍についてはそれもあると思うけど、ちょっと感覚違う気もする。
目が疲れるのでスクロールで読むことが苦手から始まって、今のところ、電子書籍ってどうしても苦手なところばかり目についてしまって、主にこれからそんなことを書くわけなんですけど、紙じゃないとだめっていうような考えではないんです。
結局はソフトの問題だと思うし、どうやって読むかは、好きな方を、買う人が選べるというのがいちばんいいと思うし、すごく内容がおもしろくて、でも紙か電子かどちらかかしかないのなら、どっちかを買うしかない。そしてそうやって電子化にも慣れていくような気もする。けど、今のところどうなのかなあという思いでいるというだけです。

「電子書籍」そのものにはとっても興味があって、電子書籍でしかできないものが作れたらと、ずっと考えてはいるし、そういうものに出会いたいと思ってる。
紙の感触が好きだから紙の本がいいという人の気持ちには同感なんだけど、そこはわたしとっては決定的ではない。思い出の本の黄ばんだところが、というような、センチメンタルなところはあえて今はおいといて、システムのところを考えてみてる。

電子書籍でしかできないもの。。。。わたしには作れないかもしれないけど、そういうものは、どこからか、必ず出てくるだろうっていう気はしています。まったく考え方の新しいもの。
そういうもの、、、新しいものっていうのはいつも、だいたい、すごく違うものではなく、ちょっと見方を変えただけのものだったりすることが多い。でも、それにはなかなか気づけない。
だいたいは「そうきましたか!」って目から鱗なかんじなんですよね。
そのうえおもしろいものっていうのは、とてもむつかしい。

そういいながら、電子書籍ってものをあまりチェックはしてないんだけど(何かおもしろいものがあったら口コミで伝わってくると思うという)、とりあえず、紙のすみっこがぺろっとめくれるのは、ベジタリアンミート、または精進料理のニセ鰻みたいで苦手。
。。。わたしは、何にしつこくこだわっているんだろう。。。

最近、ちょっと思ったのは。。。。
電子書籍には「ノイズ」が足りないのじゃないか。。。
ノイズというのは、たとえば、ページの途中で章が終わっていて前の章の終わりが見えてるままで続きを読んでたり、紙が透けてて裏面のたとえば図面が気になって先に見ちゃったり、みたいなこと。

たとえば、英和辞典は、本当は紙のほうが圧倒的に勉強になる。
なぜなら、たとえば、dischargeを引く。前後にずらーーーーーーーーっと、disのつく単語が並んでる。
まあ、たいがいは、ここでげんなりするんだけど、このdisシリーズを読んでいくことのおもしろさに気づくと、dis の意味がなんとなくわかってきたりする。
だから、読み物として英和辞典を見るなら絶対に紙。電子辞書には前後のノイズ/ゆらぎがない。disなんとかとかconなんとかとかが数ページ並んでるのを見て、なんやこれー!と思うというような体験ができない。ここは案外とても大事なところなんです。
とはいえ、使い心地からいったら電子辞書は圧倒的に便利で、わたしはもう5年以上、紙の辞書は使ってないことも白状しておきます。事実、中辞典以上のでかい辞書を持って歩くのってもう無理で、便利さに土下座せざるを得ないというのは実感であります。

たとえばパソコンソフトの説明書とかの実用書も、索引から目的の場所にすぐ行くなら、または、すでにある程度内容を知っていて、資料として利用するならば電子書籍はありだと思うけど、読み物であるならば、ゆらぎがなさすぎる。

選ぶときを考える。
全体を見渡せない。
バラバラ見れない。
解説や、はじめの数ページだけではわからないことっていっぱいある。
何度も読むときを考える。
わたしは読み物や英単語ですら、「かたち」(でこぼこ具合とかの)で記憶してることが多いから、目次や索引、ページ数でしか、とべないのはつらいなあと思ってしまう。
目次や索引からすぐ目的地へ行けるのは、一見とても便利なんだけど、案外多くの人は、ばばばって見て、よさげなところから始めたりしてるのではないだろか、小説であっても。
いろんなページを見比べるときに紙の本のほうがやりやすい。指ではさんだりしとけばいいから。ページ数思えてなきゃいけないって、わたしには無理。

わたしはふだん歩くときも、寄り道をしたいからそう思うのかな?
時間さえあれば、迷子になるのが好きだからそう思うのかしら?

関係ないけど、「なさすぎる」っていうのは、英語の考えかたにはないので、英語ネイティブの人には理解しがたいらしいですね。ないのは、すでにゼロだから、ないものが、すぎるもすぎないもないだろって思うらしいです。

電子書籍でアニメや音楽や朗読がついているものは、とてもとても苦手。
だって、本を読むのは、自由にそこから想像の世界に飛びたいから。
自分で想像しながら読んでるから、お気に入りの小説が映画になったときみんなガッカリするんですよね。そこがおもしろいところ。
マンガだって、絵本だって、キャラクターの声を想像し、動きを想像しながら読んでいる。おかあさんに読んでもらってる子供だって、おかあさんの声とは違う怪物の声を心の中で聞いている。映画になる、アニメになる、ゲームになるのはまた別。

もちろん、朗読が必要とされているジャンルの需要は電子書籍ならではかもと思うし、すでにある小説が、作家その人や、だれか俳優の朗読でっていうのは、アメリカなんかでは結構あって実はわりと好きなんですが、それとは違うよね。朗読は朗読で完成されている世界。
本に朗読が組み込まれていて、聞かないと次に行けない、自分のペースで進められないというのはストレスだった。

あと、あとどれくらいで終わるのかが、厚みでわからないのも苦手。あれがここらへんにあったよねっていうのがないのは案外つらい。
だから、コラム程度の短いものは電子書籍がいいなって思うこともある。なんせ発行するのも楽だし、そんな中には、とても好きなものもあります。それって、ZINE的な、っていうのかもしれない。

書籍になにかをくっつけるっていう発想は違うって気がしてます。
ソーシャルとかインタラクティブとか。
アニメや音楽といっしょで余計なお世話な気が(わたし的にです)。

紙の本があって、そのアーカイブとして、資料として使うときのために電子書籍になっているというのは、わたしはとてもいいなと思う。図鑑も、資料として使うにはとても電子化はとてもいいと思う。動画とか3D画像とか入れられたら楽しいし役立つし。

あとは、廃刊になったものも、電子書籍として生き返れたらいいなと思う。紙の本を出すのはとてもお金が必要なことだから。わたしの昔の本とかも、自力でそうできたらなあと思っています。ほんとは紙の本のほうがいいけど。。。。

というわけで、今のわたしの感覚では、けっしてセンチメンタルだとかデジタル嫌悪とかじゃなくって、紙の本のほうが便利と思ってしまうのでした。
電気いらないから無人島へ流されても大丈夫だし(「野田と申します」の野田さん的発想?)。
コメント
この記事へのコメント
電子書籍に対する感想は
私も同感です!
私は自由な読み方を
枠の中で決め付けられるのではないか、
というところが心配に思ってました
2011/06/26 (日) 17:28:53 | URL | moimoi #-[ 編集]
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