MONMON PRESS
エッセイマンガ家 イラストレータ- MONの仕事
「エリックを探して」と「ソーシャルネットワーク」(長文!)
一日に映画2本の日。
「エリックを探して」。
10回くらい泣いて、たくさん笑った。「おっしゃー!」っていう気分になった。
なんていうか「ブラス!」とか「フルモンティ」とか、ああいうかんじ。何が「ああいうかんじ」かというと、イギリスの労働者階級のオッチャンたちの「つるむ男の子」っぽさ、かな。

前にどっかで読んだ本に、子どもの成長過程には「チャム期」(またはチャムシップ)っていうのがあるっていうのがあって、チャムっていうのは子犬が子犬どうしでごろごろじゃれあう的なこと。
小学高学年から中学生くらいに、同年齢(学年)同性の友達でじゃれあって遊ぶような時期があるという。それがその後の人間関係を築くのに必要だというような論説で、それがあるからないからどうっていうのはわたしはわかりませんが、このイギリスのオッチャンたちは、年とってもそういう関係のままってかんじがする。
もちろん、職場での関係ですから(何人かはずっと地元な仲間なのかもですが)、年齢もいろいろなのですが、仲間をしっかり助け合っててカッコいいんです。

エリックは結婚を二度失敗して、二番目の妻の連れ子をふたりひきとっているけど、そのふたりの息子も全然言うことをきかないティーンエイジャーでたいへん。
そんなある日、ずっと会うことのなかった初めの妻との娘にできた(未婚で大学生~)孫の面倒を相互にみることになります。孫を介して元妻と会うのだけど、別れた原因やその後に関しても後悔ばかりが残る20年をすごしたエリックは、どうしたらいいかわからなくてパニック状態になってしまう。そんなときに彼の神様である往年のスターサッカー選手エリック・カントナが背後霊のように現れます。。。。

いいなあ。。。うーん、でも、わたしだったら、うちにだれが来てほしいかなあ。悩むなあ。。。好きな人、あこがれの人はいるけど、実際にアドバイスとかしてほしいかっていうとまた別。。。
あ、米原万里さんに来てほしいかもしれない!

エリックがだいじなものを守るために決断するところ、一歩踏み出そうとするところ、がんばれがんばれって思った。子どもたちももともと良い子なんだよね。よかったよかった、と、イギリスなんだけど、まるで近所のことのよう。

「ソーシャル・ネットワーク」は、フェイスブックを作った人の話、なんてみなさんご存知ですよね。。
ネット世界にまだまだ慣れないわたし、リアルで知らない人を「友達」と呼べないみたいなかたくなさがまだまだあって、ツイッターも5度くらいやってはやめ、やってはやめを繰り返し、やっと最近なんとか立ち位置がわかったりしたかんじなもんで、フェイスブックなんて全然わかんないのが事実。
ツイッターでは、読者のかたとかとは、お手紙でやり取りしてると思えばじつは自然にやりとりできたりできて楽しくて、それはダイレクトな関係だから大丈夫。楽しいことや情報を得たりすることも多くあるなかで、でも案外、リアル友達の知らない部分をじつは見たくなかったりする、複雑な気分をひきずったままです。
ただ、リアルでもネットでも、その人がどんな人かわかるっていうのはどちらもどちらな部分があって、もともと知らない方とかでも、なんとなく距離を置きながら、どんな人かなんとなくわかってきたらコメントとか最近ようやくできるようになってきました(遅い)。

アメリカの新聞には「クラシファイド」という、アパートや仕事を探すとかの情報欄の続きに、「パーソナル」という友達とか恋人募集とかいう欄が昔からあります。そこには必ず、たとえば「WGM」だと「ホワイト(白人)、ゲイ、メイル(男性)」が「BGM」を、「WSF」(ホワイト、ストレート、フィメール」が「BSM」を募集とか、必ず自分の属性を明記してあるんですね。
わたしはフェイスブックって、その流れなんじゃないかなーって思う。

映画を見ると、フェイスブックは、もともと大学生の学内カタログ(出会うための)みたいなのが発端ですよね。日本ではいきなり全てオープン状態で、「学校」くらいのゆるい囲いがないから、かえってどこにラインをひくとかむつかしいような(わたしだけかもしれませんが)。学校だと、顔は知ってる先輩がどんな人なのかなーとか見ちゃうのは楽しいかもしれないな。
でも、ツイッターや、わたしはやらないけどミクシイとの住み分けとか、ややこしい。。。わたしは特に、自分の脳内メモリ的に、リアル世界でも人の名前を覚えるのが苦手だし。

そんなわけで(?)「ソーシャル・ネットワーク」は、主人公の男の子の顔が好みだったとまず言っておこう!!この子の性格は、正確には性格ではなく性質だと思うので、つきあいたいかつきあいたくないかは置いといて、いやな人だとはぜんぜん思わない。
どちらかというと、主人公とはじめに会社の出資者でパートナーだったはずの男の子が、しかたないとしかいいようがないのですが、まるでビートきよしや、ぼんちまさと状態で、不憫で。。。でも、しかたないのもほんとわかる。
こういう「いける!」と思ったアイデアを実践するときって、やりたいことを優先させていける人でないと無理なのかとも思いますし、わからないではない部分がある。
よく、恋人が忙しくて、わたしと仕事とどっちが大事なのってありがちですよね(この映画にはありませんが)。
そんなとき、そんなこと言われても困る、いまどうしても流れとしてやめられないとか仕事だからこそ優先させないといけないとか、ドタキャンせざるをえないみたいなのって、わたしは本当によくわかる。

だけど、そこで相手が聞きたいのは、忙しくてごめんなんてのじゃなくて、ほんとはどう思ってるのか、気持ち的に会いたいかどうなのかってことだけなんですよね、たぶん。
1分でもいいからぎゅっとする時間をとるとかできること(とか、したいこと)はあるはずで、でも、そもそもそう思わないなら、また、まあいいやと思ってしまうならその程度のことなんじゃないかとか、まあだから何が言いたいかというと、マンガ「働きマン」(これは女子のほうが忙しかった話)でも思った、やりたいことをやりたい気持ちにあらがえない「業の深さ」、そして少し「知らせる」ことで友達だろうと恋人だろうと関係はこわれないですむのにという話だなーって思った。といってもザッカーバーグくんはやっぱ(善し悪しはいま別として)性質的に、あまり人の感情がわからない人だと思うから、一般論をあてはめてもしかたないとも思うけど。

でも、フェイスブックがたぶん、新しいことを作って行く段階ではなく保持していくというステージに入ってる今、はたして彼は仕事が楽しいかなー?ってちょっと思った(よけいなお世話)。
あと、わたしはとっても腹黒いので、この映画に出てくる、容姿端麗ええとこのぼっちゃんでスポーツ万能成績優秀なデキスギ君のふたごが、主人公にあっけらかんと相手にされてなくてぎゃふんとなってるところが、かなり気分よかったりしました。

主人公を演じた俳優さんは、「ゾンビランド」にも出てるらしい。見なくっちゃ~。

***↓一番下に、まだ続きがあるように出てますが、ありませんのでクリックしないでくださいね。長すぎるからかなー。

twitter by monmonbooks
MONMON BOOKS
TEE PARTY-monmonbooks
イラストレーションな日々(成安造形大学)
MONゼミ
























コメント
この記事へのコメント
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2011/02/16 (水) 11:53:43 | | #[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2005 MONMON PRESS all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.