MONMON PRESS
エッセイマンガ家 イラストレータ- MONの仕事
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自分のこと少し
ツイッターで流れてきていた、養子や血縁まわりの話で思ったことなんですが、ツイッターにぶちぶち途切れて書くのもなあと思ったので、こちらに書きました。日記的な、書き散らしです。

わたしの亡き父は、小さいころ父親を亡くしたからかどうかしらないんだけど、母親と姉とセットで養子に入って一度なぜか破門され、またセットで養子になっている。
わたしの本名の名字(ペンネームに名字ないけど^^:)は、その養子入り先の名字。

父が退職後(わたしが大学生のころ)、自分探しの旅に出て、小さいころの記憶だけで、養子に行く前の家のお墓を探し当てて、母やわたしもその旅や、会ったことのない親戚に会いに行く旅に、何度かつきあった(「つきあわされた」が正しい)。
初めて会う親戚は、だいたい冷たくて、いたたまれなかった。
父は、血のつながりや自分のルーツを、何かを埋める気持ちで探したのだと思うが、達成感はあったのか、傷ついたのかはわからない(本心はわからない)。

わたしはひとりっこで、母はわたしの出産後子宮がん全摘しているので(しつこく書いておくと翌日現地入りの被爆者です)、子供好きな父が養子をもらいたいという話はいつも出ていたので、わたしはそんなもんだと思っていた。実現しなかったけど。
それとは別に、めんどくさそうだから結婚とかしたくないなあと思っていた小学生のわたしは、将来お金持ちになったら、親のいない子を9人養子にして野球チームを作りたいなんて思っていた(子供の甘い夢だとわかっています)。
だけど、それをともだちに言うと、「ええ、本当の親じゃないって子供が知ったらどうするの?」とか言われ、はじめから共同生活だって言う以外に何があるのかと思っていた。

さて、だからというわけではなく、わたしは家とか血縁とかどうでもよいので、母がいつか亡くなったら、お墓もしまおうと思ってるし、本名の名字も、識別の意味以外の愛着もなにもない。

母は大家族で、亡くなる大分前から、父は葬式に母のほうの親戚だけ呼んでほしいと言っていた。
母のほうも親(わたしの祖父祖母)は早く亡くなっているけど、兄弟が7人いて、なんというか、そのまわりの人たちも、細かいことを気にしないお祭りっぽい人たちだから(いとこの結婚式とか行くと、相手方から引かれるような歌いっぷりと飲みっぷり)、父にとって、家族や親戚という気持ちは少しは満たされていたかもしれない。
お葬式で、良かったね、と思ってあげられたのはそこだった。
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