MONMON PRESS
エッセイマンガ家 イラストレータ- MONの仕事
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2013年もあとすこし
2013年もあと少し。

今年をふりかえってみますと。。。
1月:スマホアプリ「さるプり」で、パラパラ絵本『黒犬とのくらし』連載始めました。
(ビューワー無料ダウンロード後、チケット購入でご覧いただけます。いま、『黒犬とのくらし』『いぬのおしえ』『パンツのゆくえ』の3つシリーズがあります。詳しくはこちら
第一回アイコン

4月5月:コミティア、大阪文学フリマ、関西コミティアに参加しました。

6月:『笑って自由研究 ロケット&電車工場でドキドキ!!』(令丈ヒロ子著)イラスト担当しました。
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「地球の歩き方ニューヨーク2013-2014」に『NYゆるゆるピープルウオッチ』エリア別に6枚イラストエッセイを描きました。
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広島・尾道で開催された、ミニコミ・ZINE展「ZINE CIRCUS』に参加しました。6月〜10月まで開催、わたしも夏にいちど遊びに行きました。お寺のなかの、風通しと見晴らしのよいカフェでの、のんびりしたZINE展。

8月:コミティアに参加しました。
姫路で開催された「日本ZINE」に参加しました。

10月:関西コミティアに参加しました。
ギャラリー「あしたの箱」にて開催の「菓子と懐紙展」に参加、懐紙のデザインを3つ描きました。
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11月:デザフェス、文学フリマに参加しました。
ゲームデザイナー・大山功一さんの『夢の本』を編集発行しました
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『おしゃべりニューヨーク』が文庫化されました!第一巻は「上陸編」。書き下ろしもたくさん追加しました。巻末の解説を、まんが評論家の村上知彦さんにお願いしました。
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12月:文庫版『おしゃべりニューヨーク』第二巻「生活編」発売になりました。
こちらには、食べ物関連の書き下ろしをたくさん追加しました。巻末の解説は、演出家・映画監督の守屋健太郎さんにお願いしました。
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21014年は、自費出版ですが2つ本を作ることが決まっています。
イベントは、2月のコミティアは行けなくて、春あたりからの活動となる予定です。

毎年のことですが、読んでくださってるみなさま、ほんとうにどうもありがとうございました。
引き続きどうぞよろしくお願いしますー!!

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文庫版『おしゃべりニューヨーク』といろいろーその3
文庫版『おしゃべりニューヨーク』第2巻<生活編>、12/18に発売されました!
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生活編には、食べ物関係の書き下ろしがたくさん載っております。
カバーは、並べてかわいいように、かなりはじめのうちからデザインを進めていただいていて(本文書き下ろしのまわりのデザインも)、ほんとに嬉しい♡
かわいいカバーと、なにかあると、ほんとにすぐに直しや代案を出してくださったデザイナーさん、掲載時から時間がたっているので事実関係などを、ものすごーーーくしっかり調べていただいた、編集担当さん、編集アシスタントさん、編集プロダクションのみなさん、総出で校正あたっていただいた編集部のみなさまにはお世話になりっぱなしです。
そして、2巻の巻末の解説は、演出家・映画監督の守屋健太郎さんにお願いしました。

解説に書いていただいた内容は、なんだかかっこよすぎて照れますが、その文章にあるように、ニューヨークで、ひょんなことから知り合い、何度かアパートやお店でだらだらと話してすごしたり、ごはんを食べたりしました。
彼はじつはニューヨーク時代に、わたしのだらだらした日常を見た、数少ない日本人なのです(汗)。
たしか、学生のあいだにもういちどニューヨークにいらしたんじゃなかったかなー。

卒業後、テレビマンユニオンに入社され、あれよあれよと、わりとマニアック?な監督さんとして、テレビに全然詳しくないわたしにも、伝わってくるような仕事をされて、すごいなーって思ってみていました。
入社したてのころだったかに撮った、ミュージックビデオに、わたしの好きな場所で撮影したってメモをつけて、ビデオテープを送ってきていただいたりしました。

守屋さんが監督した『シーサイドモーテル』を見に行ったときのブログがこれ
2010年ですね。
もちろん、守屋くんが監督だってわかってて見に行ったんですけど、ブログの読者には関係のないことだったし、知り合いだとかそんなことじゃなく、見たって書きたい映画でした。
知ってる人じゃなくても見に行ってて、同じことを書いていた。

1巻で、村上知彦さんに書いていただいた解説もですが、まずは、もうわたしのこととか覚えててくださっててすいませんありがとうございますって気持ちであり、そして、おふたりとわたしが、お互い微妙に違うことを記憶しているというのがおもしろくて、お引き受けいただいた原稿を読むことがすごく嬉しく楽しい体験でした。

最近、「じぶんのなかの記憶」っていうこと、ときどきぼんやり考えています。

ーーー

夏に、三重県立美術館に三沢厚彦展を見に行きました。
三沢さんのトークショー目当てで行ったんですが、そのお話のなかで、、、、
三沢さんは動物の彫刻を作られているけど、じっさいに動物をみるんじゃなくて、色とか大きさとか、図鑑をみて作られてるんですね(それも子ども用の図鑑)。

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(毎年買ってる♬これは来年のカレンダー

その三沢さんが北海道に旅行に行ったとき、実物の馬をたまたま見かけて、馬ってでかいなーと思って、帰ってその印象で馬を彫り出したら、なんだかでかすぎて、どうも馬っぽくないのでしばらくほっといた。で、ある日、ふと思い立って角をつけてみたら、三沢さんのなかで、これは馬じゃなくてユニコーンだ!ユニコーンはこの大きさだ!って、ぴーんとひらめいたんだそうです。

上の画像のユニコーンが、2頭一対、三重県立美術館の展示のエントランスに、どーんとあったんですが、かなりでかかったんですね。で、三沢さんがその話をべつのトークショーでしたときに、お客さんに、ユニコーンってどれくらいの大きさですかねーって聞いたら、ひとりのおじさんが、自分のユニコーンはもっと小さい、って言ったそうで、その話がすっごい好きです。

三沢さんのイメージの中の馬が、まずはそれくらいでかかったこと。
幻想の動物であるユニコーンの大きさって、きっとみんな違うってこと。

ずっとずっと、すごく背が高いと思ってた、となりのおばちゃん(わたしんちの)が、ある日、そんなに大きくないって気づいたときのこと(わたしがぼけてんのか、それに気づいたのは20歳くらいのときだった。けっこうよく会ってたのに)。

まんが『動物のお医者さん』に出てくる犬嫌いの女の子の思い出では、「子どものときに、地獄の番犬みないな巨大な黒犬においかけられたうえ、誰も助けてくれなかった」んだけど、当時そこに居合わせた幼なじみによると、黒犬はふつうの中型犬で、犬はわんわんと楽しそうにその子とじゃれてるっぽくて、全体的にほんわかした雰囲気だったから遊んでるんだと思って誰も止めなかった、という。

ーーー
「ある時」、「ある場面」は、自分のものと思いがちだけど、その場面に相手があるとき、向こうも同じ場面を経験しているけど、カメラ位置も、見えているものも、前後の文脈も経験も違う。
ひとりがものすごく覚えていて、もうひとりは全然覚えてないとか、覚えてるけど細かい部分がぜんぜん違うとか、それはもう、違いをおもしろがったほうがおもしろいなって、あらためて思った(でも、だから、事件の聞き込みとかって大変だよなあとか)。

なんだか関係ない話になっちゃったけど、じぶんの記憶も、原稿はそのときリアルで書いていたからそのとおりなんだろうけど、それもあらためて読み返してみると、懐かしい気持ちになることも、または新しい、または人の体験のような気持ちになったり、しみじみといろんなことも思い出したりした、この数ヶ月でもありました。

『おしゃべりニューヨーク』文庫は、とりあえず1、2巻発行です。
1冊だいたい250ページありまして、だいたいが見開き完結ですので、どこから読んでもよいかんじです〜。ぜひバッグに1冊♬♬
(原稿はまだあるので、3巻も出せるといいんですが)。

どうぞよろしくお願いします!

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文庫版『おしゃべりニューヨーク』と仕事のいろいろーその2
続きです〜〜。

どうしてアメリカに行ったんですかと聞かれることがあります。

はじめてニューヨークへ旅行で行ったのは、'85年ごろ(だっけ)です。
このときのことは、モーニングで連載していた『カリフラワーズトーク』でレポートを描いています。マイク・タイソンとすれちがったとか。。。。

そのときは、はじめから取材だったわけではなく、友だちと旅行に行くことに決めたら、担当さんも行きたいな〜ってなり、じゃあ、数回レポートを書くかってなって、講談社からはフィルムと現像代、現地コーディネーターをつけてもらえることになりました(その他は担当さんもわたしも自費旅行)。
なぜニューヨークに行きたくなったのかというのは、本書をぜひお読みください。。。(だいした理由でもないですが)。

ーーー

そのときの現地コーディネーターで、その後友人になった、そのときすでに在米15年だった人との出会いも大きかった。
ひとりでは知り得なかった情報をたくさん教えてもらい、その後、単行本にまとめるときは、毎回、英文や情報のチェックを頼みました。

ーーー

はじめてのNY旅行は約1週間。そのあと2度行って、住んでしまいたいと思ったのは、もちろんこの街にじっくり滞在したいと思ったのも確かですが、そのころはいろいろとしんどいこともあって、いったん全部リセットしたかったというかんじも大きくて。。。。当時は円高で留学ブームで、それにほいほいのっかりました。
もともと、あんまり後先考えないタイプではありますが、ほんと、後先考えてなかったな。。。(だめだめなかんじ)。

しかし、だめだめってとこはじつは重要で(ほんとかな?)、このマンガのいいとこってあるとしたら、たぶん、もともと英語好きとかできる人がどうしたって話じゃなくて、だめだったとこから、ということだと思うので、それもありってことにしといてください(汗)。

ちょっと現地に慣れたり、言葉できるようになってきたり、その後ちゃんと学校に行ってしっかり語学やったりすると、ちょっと難しいけどこれ覚えるといいよっていうのを言いたくなっちゃうんですが、いまでもなかよくしてもらってる『おしゃべりニューヨーク』の担当さん(集英社で仕事するようになってからずっと、そして、このマンガをずっと担当してくださってた)が、どこから読んでも難しすぎないよう、いつも冷静にやんわり軌道修正してくれたこと、ほんと感謝しています。

ーーー

*時系列でいうと、『カリフラワーズトーク』絶版単行本(汗)3巻分は渡米前で終わっています。モーニングには渡米後も連載を1年半ほど続けていましたが、その分は単行本には収録されていません。
で、『おしゃべりニューヨーク』が始まったのは、渡米後、数ヶ月してから。

ーーー

『カリフラワーズトーク』は、そのときそのとき見たこと、気になった事を語るというものでしたが、担当さん(連載開始からNY住みに行って数ヶ月後くらいまでずっと担当だった)に、「悪く言わない」(悪く思うならとりあげない)でやろうって、かなり始めのころ言ってもらって、それをずっと守ってきたし、いまも自分の芸風はそれだと思っています。

わたしはおもしろく皮肉をいえるほど頭脳明晰じゃないし(そういうのできるってあこがれるし、読むのは、人によるけど好き。ナンシー関さんとか)、それはわたしにはできない、続けてはできない、続けて行くためのわたしの芸風ではないと、はやいうちに悟ったのは良かったように思います。

いちど、一般的なネタもやってみようって、きらいじゃないけどあまりすごくは好きじゃないバンドのコンサートのレポートを描いてみたけど、ぜんぜんおもしろくならなくて(すんごいがんばって描いたつもりだったんだけど)、こういうことはやっぱりやめましょうって言ってもらったことがありました。そこをわかってもらえる人でほんとによかった。結局それは単行本には載せていません。

だから、イラスト/絵/カットだけの職人的な仕事と、エッセイマンガ/イラスト仕事は、はっきり分けてきました。たとえば、イラストを描くだけならだいたい何でも描くし、絵柄なんて要求されればそのように変えもしますが、自分の名前で描くエッセイやマンガのなかで、心から思ってないのに「これ、いいよね」的なことを書くことだけはやらないできました。

わたしはほぼ仕事を断るってことないんだけど、そのような依頼だけは断ってきましたし、続けてやっていた広告で途中からそれを要求されてしまい、降りたこともありました。
全然たいしたポリシーとか哲学とかいうんじゃないけど、それくらいしかわたしがエッセイマンガを書く意味がないと自分では思うし、おいしい、楽しいという、「じぶんのリアクション」は読者にあんまり関係ないので、対象物/人/エピソードを描くようにしてきたつもりでもあります。
こっそり小さな声で、細々と思っています。

ーーー

『おしゃべりニューヨーク』1巻<上陸編>では、解説を、まんが評論家の村上知彦さんに書いていただいてます♬♬

村上さんは、高校生〜大学生のころ愛読していた大阪のタウン誌「プレイガイドジャーナル」の編集をされていました。
わたしは映画の試写券に応募するハガキのすみっこにラクガキを書いて送って、それが読者ページに掲載されたのが飛び上がるほど嬉しくて、何度も何度もしつこくそんなハガキを送りつけていた、いち読者でした。

当時の「ぷがじゃ」(プレイガイドジャーナル)の懸賞は、当選したら、編集部までとりに行かなくちゃいけなくて、数度行った記憶があります。が、そのときは、誰と話をするなんてそんなことはできるはずもなく、ちらりとみえる「編集部」ってものにどきどきしながら、映画の券もらってこそこそと帰るみたいなかんじ。

わたしは今でも、打合せに編集部とかに行っても、誰にどう話しかけたらいいのか、そもそも入っていいのかとかうろうろそわそわしちゃうんですが、そのころから同じ。。。。(汗)。

そのうち、大学を卒業して、就職するのが単に嫌で上京してバイトしながらセツ・モードセミナーに行きつつ、仕事を少しはじめたころに、『大阪呑気辞典』というコラムにちっちゃなカットとか、ぷがじゃに映画レビューみたいなイラストとエッセイを描かせてもらったりしました。

そのころ東京にいらした村上さんに、一度だったか、お互い歩きで行ける中間地点だった、早稲田のどこかの交差点で原稿をお渡しした記憶があります。
喫茶店とかじゃなく交差点で渡すというのがなんだかやけに記憶に残っていて、当時住んでいた市ヶ谷柳町のアパートからてくてく歩いて早稲田まで15分くらいの散歩コースとともに、わたしの脳内ハードディスクの記憶フォルダにしっかり動画で残っています。

ーーー

今回解説をいただいて、いちばんびっくりしたのは、学生のころ作っていた個人誌を読んでてくださったってことで、そんなことこのウン十年間ぜんぜん知らなかった〜〜〜(汗汗汗)。

そのあと、わたしが行方不明になったり(いや、渡米とか)して、わたしは村上さんが大学の先生などされているのを遠くから存じ上げてはいたけれど、すっかり連絡などもしないままになっていて、長い(汗)年月がたち、、、、つい5年ほど前、ブログにメッセージをいただき即座に返信をしました。
その内容は、『大阪呑気辞典』が文庫になるので、1カット使えないかということだったんですが、そのメールの返信をしたのが関西空港。『アメリカまるかじり』の取材にニューヨークへ行く飛行機の搭乗がまさに始まっったときなのでした。

またまた、おともだちのギャラリー「あしたのはこ」さんで開催された、ひさうちみちおさんの展覧会にいらしたと聞いたり、なにかご縁が近づいているかんじはしておりましたが、去年大学でやった個展にいらしていただいたのが20数年ぶりのリアル再会。

で、その半年くらい後、中津のシカクさんでプライベートなゲーム会をやっていたときに、たまたま村上さんがお店にいらしてびっくり!
ご縁ってふしぎです。

(続く)

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文庫版『おしゃべりニューヨーク』と仕事のいろいろーその1
文庫版『おしゃべりニューヨーク』第一巻・上陸編が発売となって数週間たちました〜〜。
先週末まで、第二巻・生活編の書き下ろし分をやっておりましたが、無事校了。
こちらは12/18発売になります♬

上陸編の書き下ろし分は、イントロまんが(単行本のときの一巻のイントロまんがを、アップデートして書き直したもの)、見開き2ページのエリアガイド7つ(ひとつは1ページ)、巻末のエッセイ&イラスト(単行本時の書き下ろしとして掲載されたものをもとに、書き足し、アップデートしてまとめました。イラストは書き下ろし)です。
生活編の書き下ろしは、食べ物に関するイントロまんが、めちゃかんたんなスイーツレシピ(『アメリカまるかじり』や『はらぺこキッチン』などを読んでくださったかたには、おなじみというか、これしかないのか!って、あいかわらずのレシピですが、、、、汗)を6つ、巻末のエッセイ&イラスト(クイーンズとブルックリンのエスニック食べ物について)です。

***

文庫としてまとめるにあたって、やっぱ一応20年程度前のものなので、ひとつひとつに掲載年月日なんかを入れたほうがいいのじゃないかとも思ったのですが、内容はほぼ、情報ではなくエピソードなので、とくにその必要はないのじゃないかということになりました。
ということ、編集さんに言っていただけて、嬉しかった。

さすがに、ポケベルのこととか、今もうわかんないようなページは削除しました。
当時はネットもなく調べきれてないところもあり(雑誌掲載時も調べましたし、単行本になるときは校正も入っていたのですが)、今回改めて,細かいところまで全て調べていただいて、かなり修正もしました〜〜(汗汗)。

なんせ、書き文字が多いので、当時単行本になるときも、ペンと修正液を持って、集英社の会議室に一日こもり、赤字のびっしり入った原稿にアナログで修正を入れてったことを思い出します(5巻、それぞれ)。
書き文字の、てん、とか、ハネとかも、修正(今回の書き下ろしもですが)しながら、各ページのタイトルもその場で考えながらつけて(雑誌掲載時には、その号のテーマタイトルはついてなかったので)、書き文字タイトルその場で書いたっけ。。。。

前の単行本は5巻あるんですが、そもそも連載が、月刊誌に毎月2ページ&隔月刊の増刊に4ページずつという、ゆっくりペースでして、単行本1巻分がたまるのに2年半かかったんですよね。

『おしゃべりニューヨーク』を連載していたYOUNG YOUは、今はもうなくなってしまったのですが、とても思い出深い雑誌です。
なんせ、創刊からラストまで、たぶんすべての号に書かせてもらってた(たぶん)し、執筆されてるマンガもみんな大好きでした。
自分のはまあおいとくとして(汗)、載ってるマンガはどれも、少しずつ挑戦的で、おしゃれで、おもしろかった。少女マンガが大好きなおとなのための、でもレディースコミックじゃない微妙な層(年齢が、というわけではなく)向けで、自分も大ファン読者でした。

創刊時からしばらくは、東京の近所でみかけたことなんかをエッセイで書いていて、そのうち、キャラのネーミングだけを資生堂だったかの商品とタイアップした「パーキーちゃん」というシリーズを、他のマンガ家さんから受け継ぎ、食べ物エッセイ(だっけな)を描いていました。
その途中でNYに行く事になり、キャラはそのまま受け継いで、タイトルと場所と内容が『おしゃべりニューヨーク』になったというわけです。
『おしゃべりニューヨーク』の、くるくるヘアスタイルは、パーキーちゃんっていうキャラのために考えたものでした。

(続く)
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