MONMON PRESS
エッセイマンガ家 イラストレータ- MONの仕事
おおみそか
今朝未明、ようやくとりかかって2時間かけて作った年賀状のデータを保存しようとした瞬間ソフトがシュ~ンと落ちまして、大ショック(それも最初の段階でしか保存してなかったのだった。学生には5分ごとに保存しろとえらそうに言っておきながら)。ふて寝して起きて用事を済ませ、ようやくさっき気をとりなおしてなんとか仕上げました。
大掃除は旧正月にすることにしました。

年明けすぐに卒展を控えた学生たちが、データを落としていませんように。
お正月は全国的に寒そうですが、みなさま、お元気で新年をむかえられますように。

2010年も、どうぞよろしくおねがいいたします。
はんしゅつ
レトロ印刷JAMさんのショーウインドウギャラリーでの展示が終わりまして、昨日搬出してきました。
いらしてくださったみなさま、お気にかけてくださったみなさま、ありがとうございました!!

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目の前のタスク(かたづけとか)から、映画と本に、ただただ逃げているここ数日です。

ラスト、コーション
こわかった……。こういう諜報員とか、ばれたら殺されるという極度のストレスにずっとさらされてるってぜったい無理(誰もわたしにやれって言ってない)。でも、こういうのって、巻き込まれてしかたなくとか、軽い気持ちで始めてどうしようもなくなったりすることが多いのかもしれませんね、とくに、戦時下というシチュエーションでは。この映画のヒロインも後者だし、名作「石の花」(旧ユーゴを舞台にしたまんが)BY坂口尚や、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」BY米原万里などでも、歴史に翻弄される、ほんとに普通の人たちを描いていますよね。だからよけいこわい。
ちょっと違うけど、シュワルツェネッガーの映画でも、誘拐された娘を助けようとしてるシュワの頼みで、たまたま事件に巻き込まれた女の人が、数字と記号が十数けた並んだ暗号みたいのを覚えなきゃいけないシーンがありますが、絶対無理。自分の携帯の番号すら覚えられないのに。どなたも、くれぐれもわたしに頼まないでくださいね。
ヒロインのチャイナドレスがどれもおしゃれだった。特に、トニー・レオンの奥さんのお古をお直しした茄子紺のレースのと、浅いラベンダー色の麻のやつ。このかた、腰つきがしっかりしているところもチャイナドレスの後ろ姿がすてきです(オッサン目線ですみません)。

ギフト
じつはこれ見たことがあると、途中あたりから気づき始めて、でも確信持てなくて、でも最後でやっぱり見てたと気づき、でもいつ見たのかまったく覚えていない自分がこわかった。ついでに、わりと始めらへん、主人公が、殺される女の子の死体姿を感じてしまうシーンで、いきなり寝ていたうちの犬が起き上がり、うろうろし始めたのがこわかった……。
舞台はジョージアですが、いいところも悪いところも、いかにもアメリカ南部というかんじが出ていました。主人公のファッションが、ウエストゴムのジャージというかスリムなレギンスにダサいプリントのTシャツをイン、みたいなのなんですけど、ケイト・ブランシェットが着てると、それでもちょっとおしゃれに見えてしまうのが、よかったのか悪かったのか。ケイト・ブランシェットの、ゆるく笑うでもないようにこまった表情と、あのハスキーボイスが好きです。ヒラリー・スワンクもいかにもいそうな役柄、うまかったなあ。そして、バディ役のジョバンニ・リビシがすごくうまくて、注目しようと今さら思いました。

「ブロークバック・マウンテン」の原作
この短編を、これ1作だけで1冊にする意味がわからない……、絵本のような文字の大きさ、そして紙も分厚い、それでも薄い文庫本。それはおいといて、このかなり短い話を脚本化して、そしてあの映像にしたその仕事に、あらためて感動しました。「行間」をどれだけ読んだのか、ということです。
英語版には、原本と脚本と、脚本家と原作者のエッセイが入った本があって、一応取り寄せてるので、ゆっくり読んでみたいなと思っています。

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25日の最終出勤を仕事納めとして、だらだらと過ごした年末でした。じつは年明け4日に送る原稿チェックとか、年明けすぐ4ページまんがネーム締切とかがありまして、ようするに、先送りにしてるだけ。というわけで、お正月は2日が仕事始めです。とほほ(学生には、制作を後回しにするなとえらそうに言っておいて)。
といいつつ、元旦のお楽しみは、友人に送ってもらった手塚治虫「ブッダ」全巻と(これで「聖おにいさん」のブッダ側のキャラを理解できるのが楽しみ)、ついに買ってしまった「ワンピース」全巻。もう、ふとんから出ずに読みまくりますっ。
分子
学者とか大学の先生ってようするに、何かがすっっごい好きな人なんだ、と、わたしが感じた最初のできごとは、大学時代(外国語学部)週一度とっていたモンゴル語の先生が、ある日、なんだかニコニコと、とってもうれしそうなのです。授業が始まると、誰も何も聞いてないのに、「ぼくね、昨日ね、これ手に入れちゃったんだよね。これでこれから10年くらいずっと研究できるんだよね」と、200年くらい前のモンゴルの詩集を見せてくれました。わたしは思った。そうか、この人は、ただただ、それが好きなのだと。
その次は、どっか外国の大型天文台の特集テレビを見ていたとき、そこで働いている研究員の人(アメリカ人)が、ひととおり、宇宙からの電波を解読するというような話のあと、机の下から分厚いスケッチブックを何冊も、どさっと出してきました。そこにびっしり描いてあったものは、こういう電波ならきっとこういう星で、そういう星ならこういう宇宙人がいるはず、という何百枚もの宇宙人のスケッチでした。そうか、この人は宇宙人に会いたくて(または、宇宙人を想像するのがあまりにも好きで)こうしてるんだ……。

「どんなささいなことがらについてでも、それを愛し、そのことについて調べたり、試したりしている一群の人々が必ずいるー中略ー人々は、そのことが好きで、ずっと好きであり続け、そして小さな縦穴を深く掘り続けている~」
さっきまで読んでいた「世界は分けてもわからない」by福岡伸一の冒頭文章です。この方の本を、「マリス博士の奇想天外な人生」の翻訳者であることからつながって(まんまとアマゾンの「この本を買った人はこんな本も買っています」にはめられて)、「生物と無生物のあいだ」「できそこないの男たち」「もう牛を食べても安心か」などなど、続けて読みました。
で、この著者のかたの好きなものは「トリプトファン」(さっき読んだのにぜんぜん説明できないわたし。えーっと、アミノ酸の一種…)。カッコいいなあ。マリス博士も巻末の訳者インタビューで答えています。「わたしはナロー(狭い)知識につねに注目する。ナローな知識こそがブロード(広い)世界を説明することができる。とある分野それじたいは狭い専門知識だけど、この世界のすべての局面と連結する細部を含んでいる」って。

トリプトファンとかヌクレオチドとかいう名前だけ覚えてちょっとえらくなった気分もしてますが、ニューヨークのロックフェラー大学のしんとした廊下の想像をしたり、ボストンってつまんなさそう(すみません)と思ったり、須賀敦子の文章と、こういう分野の本で再会できてびっくりしたりとか、ロスのゲティ・センター(美術館)へ行ってみたくなったりとか、アメリカのポスドクの生活の実態がおもしろかったりとか、実験の過程が案外アナログで(すりつぶすとか)地味だったりすることに感心したりとか、まあ、こういう読み方もあってもいいよね。もちろん、狭くて深い主題があってこそ、ちりばめられたとっかかりやつながりが効いてます。理系があまりにも苦手なわたしにも、おもしろく読めました(ややこしいところはとばしちゃったけど)。
ちなみに、わたしの理系レベルは、物理は等速度運動まで、化学はイオンでパニック、生物は学校の顕微鏡で見える範囲まで(ゾウリムシとか?)。
でも、動物はすべてまず「チクワ」状になることから始まるというところ(チクワの管は、内部であるけど外側である)や、分子とか(とか、って何だ?)って、なんかすごい高速で働いてくれてて、消化酵素とかもすっごいたくさん作ってくれてて、細胞とかもすごい速度で入れ替わっているというのがおもしろかった。なんかちっちゃい人たち(分子?)にそんなにがんばってもらってるんだったら、わたしもがんばんなきゃー、と思いました。

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今日の映画は「タワーリング・インフェルノ」。
ポセイドン・アドベンチャー」とか、このころのパニック映画はおもしろい。「タワーリング~」は、ポール・ニューマン、スティーブ・マックイーン、フェイ・ダナウエイ、フレッド・アステア、リチャード・チェンバレン、そしてなんとOJシンプソンなど超豪華キャストに今更びっくり。消防士のスティーブ・マックイーン、めちゃめちゃカッコイイです。そして、「ポセイドン~」もそうですが、泣かせます。泣かせどころがまたうまい!泣かせるのにべたべたした演出じゃないのも好き。「タワーリング~」ですごいなと思ったのは、パーティーに集まった紳士淑女のみなさんが、ほんの一部をのぞいて、ほとんど取り乱さないことなんですね。
「ポセイドン~」を、13年程前、釜山のホテルのテレビで夜中に見出してやめられなくなり(そもそもその安ホテルの部屋がディスコの真下でうるさくて眠れなかった)、結局眠れず,その日帰国だったのですが、徹夜のための貧血&おなかこわして(たぶん前日のヒラメの刺身にあたった)空港で倒れたのも、今では笑える思い出です。
そういえば、マリス博士が、OJシンプソンの裁判にDNA鑑定のやり方について証言するため関わっていたとというくだりもおもしろかったのだった(マリス博士は、DNAの断片を増幅する装置を開発してノーベル賞をとったかた←それをガールフレンドとのデートの最中に思いついたというところから彼の本は始まります)。
すべらない話(長い)
昨日から、スケート、すべらない話、スケート、今日もスケートと、久しぶりにテレビをがっつり見いていました。

「すべらない話」が大好き。そのなかでもシンプルな話が好き。もう、いつのだか記憶が曖昧ですが、ほっしゃんの「ガス代」や「パラシュート部隊」の話とか、誰か忘れたけど、並走する電車で昔好きだった女の子を見かけた話とか、千原ジュニアの兄の小学生のときの話とか、きのうのだと、銭湯でスーツ盗まれた話が好きでした。
昔からじぶんはリアリストだと思っていたけれど、たぶんやっぱりそうなのです。実社会にはごろごろとおもしろい人生がころがっている。それは実話だからおもしろい。だけど、語りがつまんないとおもしろくない。そして、シンプルな話でも、細かいところがちゃんとうまくシンプルに語られてないとおもしろくないんですよね。銭湯のスーツ泥棒の話も、被害者が東京の人だったってとこ抜かすと面白さ半減なわけだから。そういう語りのセンスがのどからて手が出るくらいほしいです。
わたしがマンガを書いている、書きたいと思うのは、すべらない話をしたいからなのではないだろうかと思う今日このごろ。すべってないかどうかは別にして(すみません)。

すべらない話ひとつひとつは、4コママンガみたいなものかもしれません。でも、それを同じ登場人物で続けるとか、ページもののエッセイマンガにするとしますと、すべらない話のひとつでは足りません。
わたしの脳内ハードディスク(メモリは約2メガと言われている)には、過去ウン10年間に、「これは人に言いたい」と思って保存した小ネタや風景が動画で圧縮され、似たようなネタのフォルダにそれぞれ入っていて、マンガになってお外に出られる日を待っています。ときどき虫干しみたいなかんじで、飲み会なんかでちょっとネタふりをして、ウケるかどうか確かめて、また格納したりもします。何かがつながっている3~5個くらいのネタと、それらネタの底に流れる「気持ち」と、それらをつなぐ全体を流れる語り口と、とっかかりのアイデアとオチが立ち上がってこないと、なかなかページもののエッセイマンガになってくれません。旅もののレポートを書くときも、その旅で起こったことだけでなく、なるべく重層的になったらいいなと思っています、一応。。。

でも同時に、しょせん身の回りのことでしかないその限界もわかっていて、だから、マンガでも小説でも映画でも、大きなストーリーテリングに憧れます。
書き手としての自分をはるか手の届かない棚にあげて、見る側読む側のわたしはとっても厳しい。書き手が何を言いたいかとか、どんな気持ちで描いたかとか、製作中の苦労とか知りたくもなく、とにかくできたものに楽しませてもらえたかどうかだけを評価するのです。
わたしはモーニング連載時に、山手線で前に座っていた若いサラリーマンに、目の前で自分のページをとばされたのを目撃しておりますので、両方の気持ちがわかってるつもり(もちろん書き手としては、心がぽっきり折れますが←まだその時のサラリーマンの姿を覚えてる)。

すごくよくできたフィクションはリアルを感じさせてくれる。フィクションの世界にどっぷりはまれるかどうかは、リアルにかかってると思う。リアルがしっかり描けているからフィクションはなりたつ、リアルがわかんない人にはフィクションは描けない(これは学生に必ず言うことにしています)、やはり、リアルを語るセンスが必要なのじゃないかと思うのです。
イッセー尾形の芸だって、リアルがあまりにも細部までリアルだから、全体のフィクションが暴走するのがおもしろいのだし、ナウシカに出て来るメーヴェ(ナウシカが乗ってるグライダーみたいの)は、自分にもできそうだからぐっとくる。スターウオーズの木々をよけて飛ぶ乗り物はないけれど、あのスピード感は、練習したらオレにもできるかもしれないみたいな気持ちになるのだし、未知との遭遇のUFO(宇宙人はおいといて)もありそうです(←その前のエピソードがこれまたありそうなものが積み上げられている。夏の虫の鳴き声とか。わたしはいまだに、夏にジーっていう虫の声を聞くとこの映画をふと思い出します、で、夜道の向こうからびゅんって光が来たらどうしよといつも思う)。
うーわ、ありえない、ありえないけどありそー、ありえないけどその気持ちわかる、と思わせるセンスというのかな。

そして、できあがったもののどこにきゅんときちゃうか、っていうのは、それぞれ個人によって一緒だったり違ったり、そんなところで?と思ったり思われたり、だから語り合って面白いんですよね。
と、この話は、長い長い前フリなのです。
ショーン・ペンの「イントゥザワイルド」と、その原作、ジョン・クラッカワーの「荒野へ」。「荒野へ」をわたしがもし映画化するとしたら(ありえないってわかってますとも)、まったく違うものになると思うから。それは、ショーン・ペン(なれなれしくてすみません)とわたしが、原作の語りのセンスのどの部分にきゅんとなったかが違うからにほかなりません。
もちろん、やらない人があれこれ言うのが簡単なのです。プロ野球でも、オレだったらこうするとファンが言うのは簡単だけど、監督できるかっていうとできっこないんです。はい、それはわかったうえで。
以下は、映画も原作もネタバレですので両方見てない方にはおすすめできません~すみません。
ダークナイト……
「ダークナイト」 THE DARK KNIGHT
クリスマスに話題にするのもなんですが、こわかった……。ツタヤでDVD5本で1000円キャンペーンだったもんで、いろいろ借りてきたなかで何を見ようと一瞬悩んで、やっぱヒース・レジャーかしらと思ったのが、まちがいの……いえ、まちがいではなかったけれど、アメコミがここまで暗くていいのか?っていうくらい暗かったけど、2時間半、ぎちぎちにつまりにつまった映画でした。なんといっても、ヒース・レジャーの演技がすごかったです。
今夜わたしにまちがいがあったとしたら、さすがにクリスマスなもんで買ってあった骨付きチキンの残りとビールを片手に見てたんですけど、こげこげの皮のついた肉に骨がところどこと見えてるチキンが乗った皿をそばに置いてたことでしょうか(ハーヴィー・デントがトゥーフェイスになったところで大後悔)。うー。

さて、ゴードン役のゲイリー・オールドマン、前にも書いたかもしれませんが、「レオン」の悪徳刑事役以来、いくら彼がいい人の役をやってても、どーしても信じきれません。ハリー・ボッターのシリウス・ブラック役をやってても、なんかほんとは何か考えてんじゃないかと、つい思ってしまいます。今回は刑事役だし、どきどきしました。
そして、テレビ局のレポーターという、ちょい役でしたが、アンソニー・マイケル・ホールという懐かしい名前を発見。わたしは彼がひょろひょろの弱っちいティーンエイジャーだったころ大好きで(「すてきな片思い」「ブレックファストクラブ」「ときめきサイエンス」など)、その後「シザーハンズ」でウィノナ・ライダーのマッチョな彼氏を演じてたのを見てガッカリ(すみません。ひょろひょろなのが好きだったので……)、それ以来あまりみかけていなかったのですが、あたりまえですが、すっかりおじさんになりましたね。最近は「デッドゾーン」というドラマで人気だそうです。消えちゃう俳優さんもいるなか、お元気そうでよかった。

しかしやっぱこういう映画を見ると思う。悪者って大変。ヒーローもだけど、ヒーローより体力いりますよね。いろいろ考えて準備したり変装したりしないといけないし、まあそれがおもしろいからやるんでしょうが、わたしにはできない(誰もやれって言ってない)。思えば、高校生くらいのころ、心はちょっとだけやさぐれていたけど、ぐれる体力がなかったわたしだった。……そんなのはおいとくとして、このジョーカーの役作り、たいへんだったのじゃないかなと思いました。ひとはすぐ、悪に動機をつけたがるけど、そういう悪じゃないから。ここでヒース・レジャーの死までつなげてしまうとつらいけど、善と悪みたいなことを考えると「聖夜」に見るのもおつな映画だったかもしれない。
チキンの残りは今晩、骨ごとホワイトソースのシチューに煮込みます。
ブロークバックマウンテン
ブロークバックマウンテン」、じつは今までDVDを3回借りて、いつも見れないまま返していて、今回やっと見ました。もっとはやく見ればよかった。ていうか、ロードショーで見ればよかった。もう、号泣。

この映画、「ガラスの仮面」の月影先生のことばを借りれば「魂の片割れ」の話といえないでしょうか。
「ガラスの仮面」を読んでいない方のために説明しますと、魂の片割れとは、まんがの中の劇『紅天女(くれないてんにょ)』のせりふで、「元々一つだった魂が、二つになってこの世に生まれてくる。魂の片割れに会える人もいれば、会えない人もいる。会えただけで奇跡。魂の片割れに会えたら、その人と出会う前の自分はどんなに孤独だったか気付いてしまう」。月影先生と尾崎一蓮、マヤと真澄さん、そしてイニスとジャック(強引)。じつは知らないでいたほうが案外幸せなのかもしれない、会ったからといって、お互いそう認識できることもあればそうでないこともあるだろうし(片方だけそう思い込むってのはストーカーみたいだし)、いっしょになれない状況な場合もあるし、平和で安心な人生じゃあなくなるかも。……いやでも、やっぱ幸せでしょう。

ヒース・レジャーが本当にうまいです。口数少ない不器用な、でも魅力ある男。恋人になりかけた女に「おれは面白くない男なんだ」と言うと、女は「女は面白いから惚れるんじゃないわ」と泣きながら去って行く。うー、せつない。
ヒース・レジャー、ほんとに惜しい人を亡くしましたよね……(いまごろすみません)。明日、このDVDをツタヤに返しに行ったら彼の出てる、見てない「ダークナイト」と「アイムノットゼア」とを借ります!(彼の出演作では「ROCK YOU!」だけ見ています。「アイムノットゼア」は、1997年の「オスカーとルシンダ(パンフにイラストエッセイを書かせてもらいました)」以来ずっと一番好きな女優ケイト・ブランシェットも出ててずっと見たかったし)。1月公開の『Dr.パルナサスの鏡』も絶対見る(悪魔役がトム・ウエイツってのも笑えるし、ジョニデも出てるし)。

監督のアン・リーは、わたしは「グリーン・ディスティニー」以外はすっごく好きですが(「推手」「ウエディング・バンケット」「恋人たちの食卓」など。「アイスストーム」は好きだけど変な映画だからビミョー)、まだ見てない「ラストコーション」「楽園をください」を借りてこようっと。

カウボーイの映画だけど、カントリーミュージックもセンスがよいのが使われてるし、ファッションもすごく好きだった。はじめにブロークバックマウンテンでジャックが着てたグリーンで衿がボアのジャケットがほしい。イニスの妻アルマの着てる古着ふうのローゲージのカーディガンや、くたびれたワンピースとかもかわいかった。さいごにイニスが着てる作業着風のジャケットもズッカのトラバイユジャケットみたいでかわいいし、ジャックのおかあさんの服もおとうさんのオーバーオールもかわいかった。
そして、アメリカ人の孤独について、「イントゥザワイルド」も含めて語りたかったのですが、長くなるのでまた明日(昨日もこんなふうに書いたような)。
どくしょとか
このところ、15時間寝たら翌日は2時間睡眠、というようなサイクルが続いています。いつかテレビでみた100歳超えたどこかのおばあさんが二日眠って二日起きてる生活をしてるというのをふと、思い出したりして……。

ビデオとか本とかを、コンスタントにちょこちょこと見る読むということってあまりできません。スタートには勢いが必要なんですけど、勢いがついちゃうと途中でやめられなくて、とくに本は、数日間起きてるあいだじゅう、食べててもおふろでも読み続けるという生活になってしまう。

最近はまっているのは、マンガの「JINー仁」。テレビドラマにもなってますよね、まわりでは老若男女とわずみなおもしろいと言っていますが、こちらは見てなくて(DVD出たらまとめて借りてみるつもり)、ちょっと違う方角から手に取ったのです。
今月あたまに森美術館で見た「医学と芸術展」。これがおもしろくて、とくに最近のアートよりも、昔の医学書の絵だとかにぐっときました。なんというのかな、知りたい,見たいという「業」を、ひしひしと感じて。中世頃の解剖図で、体の一部分をめくるとなかみが見えるようなしかけのある本があり、子どものころ家にあった百科事典に人体の描いてある透明なシートを一枚めくると筋肉図、もう一枚めくると骨格図、もう一枚めくると内臓みたいなページがあって大好きだったことを思い出しました。そんなとき、見も知らぬ時代も場所も違う中世のその本の作者と、あーやっぱ、めくるのっていいよね~とかって、語りあえてる気がして楽しい。

で、なんとなくその「医学」「病」流れで「病が語る日本史」という本を読んだらおもしろくて、そしてこの本の著者が監修をされているということで、「JIN-仁」にたどりついたのです。16巻、一気読み。村上もとかは、つい先日同僚の先生から「メロドラマ」を借りて読んだらすっごくおもしろかった(泣いた)ところだったのもあり、オトナ買いに躊躇はありませんでしたが大正解。今年出会ったマンガでおもしろかったのは、これと、「大奥」。ふたつとも、きものがきちんと描いてあるのも好き。わたしは自分はちまちました身の回りのマンガを書いてるけど、読むのはこういう大きなストーリーテリングなのが好きです(「ガラスの仮面」とか……)。いま、「ONE PIECE」全巻に手を出しそうな自分がこわい。

そのほか、「荒野へ」(映画「INTO THE WILD」の原作)「空へ」(「荒野へ」の作者ジョン・クラッカワーの別の本&同じ著者のをあと2冊)「マリス博士の奇想天外な人生」「生物と無生物のあいだ」(同じ著者のをあと3冊)「暴走族のエスノグラフィー」「そして映画は続く」「銀の匙」「アーティスト症候群」「ご冗談でしょう、ファインマンさん上下」などを読んだり積んだりしています。

一気読みした「荒野へ」と、ヘンな学者が好きならとおすすめしてもらって読んだ「マリス博士~」のことはまた明日。「生物と~」はマリス博士の翻訳をした方なのでそのつながりで。わたしにとってヘンな学者の本といえば大好きなエルデシュなんですが、「ファインマンさん」は以前読んだ気がするんだけど忘れてるのでもういちど。「銀の匙」は、人生5冊目くらいな気がする。すぐ人にあげたりなくしたりで、でも5年毎くらいに必ず読みかえしたくなるので、その度に買い直しているのです。角川文庫からも出ているけど、装丁が岩波のほうが好き。「暴走族の~」は今年の春ごろ読んだ「ヤンキー文化論序説」がおもしろかったので、その流れで。

今年はあまり文字もののフィクションの新しいのに出会えなかったな。アンテナが弱かっただけかもしれませんが、去年読んだジョン・アーヴィングの「また会う日まで」、ロバートソン・デイヴィス「五番目の男」、ラヒリの「見知らぬ場所」の感動がまだ続いているかんじ。
年末
今年もあと2週間をきりましたね~。
学校は一応授業は終わっていて、今週は自主制作週間となりますが、こまごまとした仕事をかたづけるのにちょこちょこと出勤。

今年はじぶんにとって、自費出版や展覧会やイベントなど、ちょっと風向きが変わった年になりました。それとともに新たな出会いや再会もあり(もちろん、これを読んでくださっている読者の方とも)、ちょっとアクティブに、フットワーク軽く動けるようになった気がしてるので、来年もこれをしっかりつなげていきたいな。じっくりゆっくりやっていきます。

2010年のコピーは「こまめに旅立ち、こまめに制作」。
目標は、MONMON BOOKSを15冊制作、フラッシュを勉強して小さなアニメをつくる(ソフトは元旦にインストールする予定)、「Tシャツくん」を買う&シルクスクリーンを習ってグッズを作る。そのほか、若い人たちとのプロジェクトも進めていきたいし、軽いかんじで、いろんなことに手を出していきたいと思います。
3本
今日は、研究生ふたりと同僚ふたりと古い友人ふたりがプチ個展にいらしてくれるということで、みんなで中崎町を散策してレトロ印刷さんへ行ってメキシコチキン屋へ、というツアーをしました。散策には今日は寒すぎた感もあるうえ、まよちゃってすみません……。ひとりで歩くときは、迷うのがじつは好きなので、だから道を覚えないのです。人をご案内しないといけないときは緊張します。
ショーウインドウ展示のスカートを裏返してきました。映画「シャイニング」ラスト、雪のなかの絶叫シーンです。
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おとといから見た映画3本、「イントゥ・ザ・ワイルド」「エリザベスタウン」「Dearフランキー」。どれもいい映画だったけど、いろいろとリアルに考え込んでしまうものばかりで、ちょっと疲れました。ちょっと語っちゃってるので、読みたい方だけ。
ダウン
水鳥はえらい。
足を向けて寝られません(どうやっても向けちゃってるだろうけど)。もう、軽くてあったかい水鳥の羽にくるまれてないと外へ出られません。
週に三日、朝、といってもかなりお昼に近い朝、家の最寄り駅でわたしはかなり厚着な人です。だってこれから滋賀へ行くし、帰りは夜だから。もちろん、同じようなダウンジャケットを着ている人はたくさんいますが、かれらはジャケットの下はそれなりにすっきり薄着な気がする。けど、わたしは下も、もこもこセーター。
そうして滋賀の勤務地の最寄り駅のホームにおりたつと、大阪よりも3度から5度くらいは寒い。今日は湖西線の車内の窓際の席が、外からの冷気でこれまた寒かった。
学校に着けば、研究室棟は空調が集中管理になっていて、冬は20度(夏は26度)の設定温度になったら自動で切れる(するとすぐに寒くなる)。ドアの下半分はルーバーになっているので、ここから寒風が。ルーバー部分を段ボールで目張りしたり工夫してますが、どーしても足もとが寒い。

この出勤をちょっとでも楽しくしようと、「ウルトラウオーム」というコピーのついた、膝下まであったかそうなダウンのロングコートを個人輸入で買ったのが約2週間ほど前(単にコートを買いたかった言い訳かも)。円高のおかげで、同じものを日本にあるショップで買うより、送料入れても五千円も安かったので個人輸入を選んだのですが、この寒波のいま着たいのにまだ届かない。こうなると、コートが届いてからあったかくなったりしたらくやしい。かといって、寒いのはいやだしなあ。そんなジレンマな今日このごろです。

ダウンといえば、数年前の冬にロンドンへ(仕事で2泊3日)行った時、ダウンジャケットをくるくるまるめて枕替わりにしていたら、ふかふかで気持ちよく熟睡できて、やっぱりダウンは偉いと思ったことでした。

今日はこれから借りてきたDVD3本を、体力の続く限り見る予定。
「INTO THE WILD」「エリザベスタウン」「ブロークバックマウンテン」の3本です。
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