MONMON PRESS
エッセイマンガ家 イラストレータ- MONの仕事
今回あちこちマンハッタンを歩いていて
いちばん目についたもの、
それは、二階建て観光バス。
以前からありましたが、
今回はほんとうにすごい数が走っていました。
ハーレムにも、イーストハーレムにも、
イーストヴィレッジにも
ロウアーイーストサイドにも……。

二階というか、屋根の部分が
オープンになっているのですが、
どんなかんかん照りでも、
帽子かぶってる人がいないのが、いつも謎です。
いや、観光客だけでなく、とにかくアメリカ人、
帽子ってものをかぶってないです。
だいじょうぶなのか、紫外線。
そういえば、
以前アメリカ人友人は日本で
日傘というものにびっくりしてたっけ。

さて、雨がちだったある日、
例の二階建て観光バスをふと見ると、
二階のひとたちは、みな白い半透明の
ビニールコートを(配られるのかな?)着て、
まるで、どこかに巡礼?というかんじで
笑えてしまいました。

バス巡礼

二階部分の横壁には水抜き穴が
両側4~5個ずつあいていて、
激しい雨のときは、
この穴から、シャワーのように水を流しながら
走っています。
すっごいスコール&雷のときも
コートで二階にいる人が少なからずいたのには
びっくりした。
なつかしい店
ハーレムに行ったのは、ものすごく久しぶりです。
前に行ったのは、かれこれ17年前(かな?)
ネルソン・マンデラが解放されて、
ハーレムに来たときです。
よく覚えていませんが、125丁目が
びっしり人で埋め尽くされ、
ものすごい熱気なのでした。
主役が出てくるまでに、えんえんと
いろんな人のスピーチがあり、
かんじんのマンデラ氏のスピーチを
聞いたかどうかも、実は記憶に定かではありません……。

今回久しぶりに訪れてみて、
日曜の午前中だったせいもあると思うけど、
ハーレムはがらんとしていて、
観光客だけがめだっていました。
このへんは、道が広くて、
もともとは高級住宅街だったっていうことにも
あらためて、妙に納得。
次はもうちょっと、ひと気のあるときに行きたいな。
MANNA'Sというソウルフードの店に行ったけど
おいしくておすすめです。
サラダバー方式(好きなだけとって、重さでお勘定)なので
気軽だし。

ハーレムにはバスで行き、
メインストリートのかなり西側で降りたのですが、
なつかしいかんじの店をみつけました。
別にわざわざ見に行くようなものではありませんが、
小さな雑貨屋というのか、
すべての棚が、防弾バリヤー(ガラスなのか
プラスチックなのかわからない)に覆われていて
お金も、小さなとびらを開け閉めして
やりとりします。
写真ちょっと見えにくいかな。
クリックして大きくしてみてください。
ハーレム店
以前はタクシーも、このようなバリヤーで、
客席と運転席が仕切られていました。
郵便局も銀行も、アパートの大家さんとこも。
いまはもうほとんどみかけません。

映画「タクシードライバー」で、
ロバート・デニーロが運転手の面接に行って、
バリヤーなしの車でいいかと聞かれるシーンがあります
(プラス、どこでも行くかと聞かれる)。

デニーロがジョディ・フォスターに出会うのは、
イーストヴィレッジの北のはしっこ、
14丁目のあたりですが、
当時はあのへんだとか、ハーレムだか
ロウアーイーストサイドだとか、
イーストヴィレッジのアルファベットアベニュー
(アベニュー1の東は、アベニューA,B,C~になる)は
ほんとにこわいところだったと思います。
わたしが初めて行ったのは
タクシードライバーの10年後くらいなので、
もうそこまでではありませんでした。
今も好きな老舗基礎化粧品屋「Kiehl's」(キールズ)は
この14丁目で、ニューヨークの全ての浮き沈みを
目撃してきたのかなと思うと感慨深いです
(元々は薬局、創業150年)。

住んでいたロウアーイーストサイドも
しょっちゅうパトカーが来てたり、
アパートの前で、
映画のように警官が犯人を壁に押し付けて
後ろからはがいじめにして捕まえてたり、
明らかに中で怪しい取引をしてそうな車がいたり、
たまに車が燃えてたりしましたが、
活気があったな。

ピスパニックのおっちゃんたちは気が良くて
重いランドリーバッグを運んでたら
すぐに手伝ってくれてたし、
同じアパートのドミニカのファミリーの
子どもたちもかわいかった。
今は、めっきり「おしゃれエリア」です。
TRYING TO GET HOME
ある日ユニオンスクエアの駅の改札で。
落とし物でしょうか。

クロッグす1

クロッグス②
機内
往復機内で映画を4本見ました。

ラスベガスをぶっつぶせ
レッドベルト
アイアンマン
近距離恋愛

このなかで楽しめたのはアイアンマン
ストーリーはかなりあっちにおいといて、
また、ありえねー、とつっこみをいれながらですが、
飛び立つときに妙にお行儀のよい姿勢なのが
かわいかったり、
胸の機械が見えるように、
Tシャツに穴がいつもあいてるのが
いかにもマンガ的でおかしかったり。
そのシャツ含め、マンガなら気にならないところが
実写になったとたん、あれ?っていうのはあるなーと
あらためて思った。
パワードスーツ着て成層圏くらいまで飛んだり、
さらにそこから地上にえらい勢いで落ちても
かすり傷とか。
まあ、いいんですけど、映画だし。

近距離恋愛、
いくら気の合う親友とはいえ、それまで
数百人もの女の子をとっかえひっかえ遊んできた彼と
結婚してそれ以後平穏な気持ちでいられると
思うだろうかと疑問が。
ここ数年、ハッピーエンドで終わっても
その後が不安と思ってしまうのは年でしょうか。
たとえば、バッファロー66
映画のなかのビンセント・ギャロは
あのあと少しずつは変わるかもしれないけど
彼とつきあっていくのは、
クリスティーナ・リッチにとっては大変だろうなとか、
卒業も、わたしはもはや、
母としてのMrs.ロビンソン側の人間。
ラスト近く、
こんな若造に娘はやれんという気持ちになりますし、
若いふたりも、ちゃんとつきあってないのに、
このあとうまくやっていけるのかなあなんて
心配になってしまうのでした。

ラスベガスをぶっつぶせ、
うーん、学費かせぐのに始めたんだから
あそこまで遊ぶのはあかんのではないだろうか。
ローレンス・フィッシュボーンは
相変わらずすてきです。
あの、クールさとワルさの同居さかげんが
こういう下世話な役で生きるなあ
(なので、わたし的にはマトリックスでの彼はいまいち)。

レッドベルト、
格闘技が好きな人にはまた、
違った楽しみがあるのだろうな。
映画じたいのストーリーはちょっと中途半端だけど
主人公がどこまでもいい人で
まあよかったです。
マジシャンのセロが出演してはりました。
酒場のごろつきというような役なんだけど、
うさんくさいかんじで(ほめている)うまかった。

帰国
サンフランシスコ経由で
乗り換え時間等入れると
かれこれ合計約20時間の飛行機の旅。
わたしは直行便より時差ボケしないですむので
あえて西海岸乗り換えにしています。

今回、夜中到着夜中出発で、
いまのニューヨークでは危険ということはないのだけれど、
さすがにエンパイアなどビルのライトが消えていて
マンハッタンに入るときの
わくわく感に欠けたのが残念でした。

旅の後半は、
もういちどブライトンビーチに行って
ロシアの食料品店を探索しました。
いろんなペストリーを買い、
クワスをはじめて飲んで感動。
小学生のときマンガ「アラベスク」で
主人公ノンナがこれを飲むシーンがあって、
それ以来、あれは何かとえんえん思っていたのです~。
最近出会ったすべてがおいしそうなロシア料理の本
(「ウズベクうどん」というのが特におすすめ)、
クワスが載っていて、ライ麦パンを発酵させた飲み物だと
はじめて知ったのですが、味わうのははじめて。
ロシアおもちゃ屋では、チェブ発見。
チェブ

あとは、また7番地下鉄に乗って、
こんどは終点のフラッシングへ。
マンハッタンを出たところで左側に
ものすごいグラフィティが見えます。必見。
らくがき

さて、フラッシングは、だいぶ前からの
主に中国人韓国人街です。
18年前にニューヨークに住み始めてしばらく
英語学校の学生をやっていたときの
台湾人クラスメイトが住んでいて
いちど遊びに行ったことがありました。
彼女はお父さんが台湾で観光業をやっている
日本語ぺらぺらのかたで(時代もあったと思いますが…)
本人も、筑波大に留学のあと同じ台湾の人と結婚出産、
その後、夫を台湾において、
赤ちゃん連れでニューヨークに留学していたのでした。

いままでに、カルチャーショックというのか
目からうろこという人に何人か出会ってきましたが、
彼女もそのひとりです。

ちなみにひとり目は、
大学入学したときに出会ったクラスメイト。
何の目的もなく入った
外国語学部のインドネシア語コースの最初の授業で、
なぜここを選んだか言わされて、
わたしを含め、
ほとんどが「ここだけ受かったから」とか
「外国語学部でいちばん競争率が低かったから」とか
ネガティブな理由だったんですけど
(当時バリ島観光もまだマイナーな時代)、
ロングヘアをセンター分けにして
バティック柄のワンピースを着た女の子が
「永住したいから」と答えたのです。
そのあと聞くと、彼女は
高校時代家出をして、二年間ひとりで中東を放浪して
さいごに寄ったインドネシアがすごく良いところだったから
住みたいとのこと。
海外旅行じたいまだ珍しいころ、
たったふたつ年上なだけで
こんな経験をした人がいるというのが
ほんとにショックでした。
ひとりで。それも中東!!
いまでもそんなことできる子はほとんどいないでしょう。
インドネシア語の授業で、まず習うのが
「バハサインドネシア=インドネシア語」なんですが、
彼女はすぐにバハサと呼ばれておりました…。

さて、フラッシングですが、
ここはよいですよ~。
マンハッタンのチャイナタウン、
とくにCANAL STREETは、チャイナタウンですらない、
おみやげものストリートになってしまっていますが
フラッシングは生活のにおいがしますし、
漢字とハングル文字が違和感なく同居し、
いろんな人種のひとがこれまた違和感なく歩いて
買い物しています。
パン屋で買ったカレーパイがうまかった。

コリアン食堂にオムライスが。
満腹だったので食べられず残念。
コリアンオムライス
ニューヨークその3
涼しいニューヨーク、
今日はとくに涼しくて、22度くらいでは
なかったでしょうか。
9月の終わりらへん、といったかんじです。
夕立のような、ものすごい雷雨が朝の11時ごろにあり、
そのあとはまた晴れました。

今日は最終日、
ランチに友人とホールフーズ
(巨大オーガニックスーパー)の
回転寿司に行き、
ハウストンストリート並びのサンシャインシネマ
MAN ON WIRE という映画を見ました。

MAN ON WIRE は、
フィリップ・プティという
フランス人綱渡り師(ジャグラー、マジシャンでも)が、
ニューヨークのワールドトレードセンターの
ツインタワー間を
綱渡りしたときのドキュメンタリー。
それまでにも彼は、
シドニーのハーバーブリッジとか、すごいところで
綱渡りしているのですが、
とにかくWTCの建築計画時から
ここで綱渡りしたいと夢見て、実現したのです。
もちろん非合法なので、綿密な計画とともに
忍び込みました。
しかし、なんとチャーミングな人なのでしょう。
こんな無鉄砲な計画に巻き込まれ?ていく
まわりの人の気持ちがわかります。
そして、なんというか、美しいのです、
綱渡りしているすがたが。
日本で公開されたらぜひ!!
この秋冬は、彼のまねで、
黒いバギーのズボンに
黒いVネックのセーターを着ようと
計画しているわたし。

そのあと、帰り用のスーツケースを買おうと
オーチャードストリートへ行ったら、
映画かテレビの撮影をしてました。
スーツケースは、いいものじゃないけど
100cm×50cm ×20cmくらいの大きさで
28ドルはやっぱ安い。

丸7日のNY滞在も今日で終わり。
よく歩きました。
でも、ほんとに涼しくてよかった。
今日はこれから、近所のスーパーで
おみやげを探して、
帰ったら、荷造りです。

飛行機が朝の7時すぎ発なので、
乗り合いタクシーが、3時45分にお迎えにきます。
なんちゅースケジュールなのでしょう。
帰りもサンフランシスコ経由なので、
サワードゥブレッドを空港で買うのが楽しみです。

また帰ってから、写真をアップする予定です~。
ニューヨークその2
二日目は、アーミッシュの村へ、
三日目はブライトンビーチ、
四日目の今日は、クイーンズのジャクソンハイツへ
行ってきました。

アーミッシュとは、
1970年ごろの生活様式を守っている
キリスト教メノナイト派のうちの
これまた一派のコミュニティ。
ペンシルバニア州ランカスターという町の近くで
(フィラデルフィアの左側)、
ニューヨークから車で3時間ほど。
だいぶ前になりますが
「刑事ジョン・ブック」という映画で有名になりました。
「キッチンケトル」という、
いかにも観光地のショッピングセンターをひとまわり、
ランチを食べて、
ファーマーズマーケット、
ミュージアムを見ると、日帰りではもう時間切れ。
でも、ずっと食べてみたかった
「シューフライパイ」や「ウーピーパイ」を
ゲットし、それなりに満足です。
The Amish Farm and Houseというミュージアムは
200年くらい前に建てられたアーミッシュの家で、
農場や倉庫、鍛冶場などが保存されていて
中をツアーで見ることができます。
amishmuseum
で、すぐ左隣が「ターゲット」という
Kマートのような巨大大安売りスーパー
というのが、すごいギャップです
(といっても、
正面も巨大ショッピングモールなんですが)。
amish&target
アーミッシュの写真集
いろいろ探してみたけれど
これがいちばんすてきです。

ブライトンビーチは、コニーアイランドの少し先、
ここはロシア人街で、
駅を降りるといきなりキリル文字の看板、
ボードウオークには、ロシアンレストラン
(店の名前は、ヴォルガとかタチアナとか)が並び、
ここはどこ?とクラクラ。
ブライトンビーチ
ビーチでは、ペルーかエクアドルあたりの青年が
小分けにした綿菓子を行商していて
これまた、ここはどこ?状態に。
水はすごい冷たくて、膝くらいまでしか
入れませんでした。

マンハッタンから7番の地下鉄に乗りますと
終点はフラッシングというアジア人街、
その一つ手前が、ニューヨーク・メッツの本拠地
シェイ・スタジアムです。
ニューヨークの地下鉄は、マンハッタンを出ると地上に出て
外が見えるのがなかかよいのですが、
この7トレインの高架下の
ルーズヴェルト・アヴェニューが、
えんえんと、まんま中南米ミックスな商店街。
コロンビア、エクアドル、アルゼンチン、
メキシコ等の、レストラン、マーケット、屋台が
ずらーーーっと並んでます。
マンハッタンに近づくにつれ、
たまにチャイニーズやコリアン、
イタリアンレストラン、寿司レストランや
カフェが現れます。
ジャパニーズストレートパーマって
横断幕の美容院も。
でも、そういえば、
これだけ長い間スタバを見なかったのもめずらしい。

で、途中のジャクソンハイツ駅の少し北側が
いきなりインド人街になっていて、
ボリウッド映画館あり、レストランあり、
サリーのブティックあり、
エスニックスーパーでは
ヒンズー語?とスペイン語がとびかってました。
チベット料理の屋台も発見。

写真は、南米街にあった
アマゾンインディオの占いの館(?)。
indio
なんか「ギャルサー」のときの古田新太みたいだ……。
インディオ占い師
ニューヨーク1日目
つい24時間ほど前にニューヨークに到着しました。
昨日、日本時間では一昨日の夕方5時過ぎに出発
(サンフランシスコ~ロス~ニューヨーク乗り継ぎ)
の便だったのですが、
関空に向かってた飛行機が、
成田に緊急着陸したとのことで(雷雨で?)
出発が2時間遅れました。
でも、そのわりには、サンフランシスコには
1時間遅れで着き、
ロス乗り換えなしの直行便に変更になったため
ニューヨークへは、なんと
当初予定時間より15分はやく着いてしまいました。
なんと、というほどのことはないですが……。
それでも夜中の12時半。

ホテルに着いたのは1時半ごろです。
機内でもよく寝ましたが、
今朝もよく寝て、
お昼前から、アッパーウエストサイドの
79丁目から105丁目を往復し
自然史博物館に行って
(チケットを買うのに大行列でびっくり!)
セントラルパークを横断して
5番街の人出を観察してから(ここまで歩き)
バスでイーストビレッジの友人宅へ。
いっしょにお粥を食べに行きました。

帰りに大好きなコーヒー味のヨーグルト
BROWN COW FARMのCREAMY COFFEE
を買ったのだけど、
部屋に戻ってからスプーンがないことに気づき…、
でも、蓋をなんとかスプーン型に折って
むりやり食べました。
なんとかなるもんだ。

ちなみにニューヨーク、涼しいです。
サンフランシスコに着陸する時のアナウンスで
気温17度ときいて、おもわず
いっそサンフランシスコにこのまま、と思いました。
でもニューヨークも日射しはきついけど
ちょっと曇れば、体感気温としては27度くらい。
だいたい、昨夜乗ったタクシーもエアコンなし、
もちろん地下鉄駅構内はいつも
エアコン効いてないのでしたが
(そういうとこはかわってない、
ほっとするような、ここくらいかわってほしいような)。

明日はアーミッシュの村へ行ってきます。
旅のあいだ、
いちどくらい写真をアップできるとよいのですが。
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