MONMON PRESS
エッセイマンガ家 イラストレータ- MONの仕事
『ひつじ村の兄弟』
アイスランドが舞台の映画『ひつじ村の兄弟』の感想です。
ひつじ村の兄弟 のコピー

ひつじ村の兄弟
(クリックで拡大)
映画『ある海辺の詩人』
今日は劇団「子供鉅人」のお芝居『コノハナアドベンチャー2』を見て(見てというか体験してというか。演じてる人たちといっしょに町を歩きつつな芝居。おもしろかった!ここのは毎回見てます)、
続けて梅田で『ある海辺の詩人ー小さなヴェニスで』を見ました。

あらすじをどこかで読んで、すごく見たかった映画。

中国に8歳の息子を置いてイタリアに出稼ぎ(といっても、渡航代と斡旋料を借金として返さないといけない)に来ているシャン・リーは、ローマの縫製工場の次に、ヴェニスの近くの小さなキオッジャという
漁師町のオステリア(酒場)へ派遣されます。
この店は地元の男たちが、ビリヤードをしたりカードをしたりする場所。
ここの常連客のベーピは、30年前ユーゴスラビアから移り住み、ずっとここで漁師をしている初老の男。
このふたりが、好きな「詩」を通じて親しくなっていく話。

見終わって、果てしない孤独を感じた。

行きたいからとか帰る場所があっての滞在や移住とは違って、大きな力やうねりに巻き込まれたり、そうせざるをえなくて移り住むことじたいも大変で、もともとわたしは移民ということとその前後のことに(無責任に)、すごく興味がある。

祖国を捨てるとか帰れないとか家族も残して亡命とかって世界にはあたりまえのようにあって、アメリカに行く前のわたしなんかはマンガや映画で見るくらいだった。
バレエマンガ『アラベスク』の2部で、当時のソ連からフランスに亡命するバレエダンサーの話とか、映画だと『ハッピー'49』で主人公がユーゴスラビアから列車にしがみついて亡命する場面だったり、移民の世代間のギャップの話なら、『ウエディング・バンケット』『グレートウオール』とかいっぱいありますね。
(その後には、『耳に残るは君の歌声』での移民と主人公の移住、『マイ・ビューティフルランドレット』『グラン・トリノ』、アゴタ・クリストフの物語だったり、ジュンバ・ラヒリの小説だったり、もっといろいろ)

実際にアメリカで、ありとあらゆるところから、移民してきたり亡命してきたりした人にたくさん会って、また自分の知ってることの小ささを感じたし、わたし程度のお気楽な移住というか滞在でも、後半は日本人とほとんど会わない状態で、ことばが崩壊しかかったりとか(弱いっす)、自分の子どもの「よりどころ」みたいなものをどうしようと考えたりとか、自分のこととして少しは考えたりしたこともあることはある。
日本でだってたくさんそんなことがある。わたしの目はアメリカででしか開かなかっただけの話。

日本の狭いなかでだって、うちの親が、広島から大阪に出てきて住んで50年以上になってもやっぱり自分は広島人だと思っていることだったり、たぶん今でも(一昨年亡くなった父は弱ってきてから、広島のお墓に入ることが最重要案件だった)そう。
かれらは、帰りたいけど、帰る場所もない。

漂っている感。

わたしはその「漂ってるかんじ」を小さいころから感じていて、そして、育ったところは歴史もなんにもないニュータウンで、なんとか人とかっていう感覚すらない。地元感もあんまりない。でも、だからこういうストーリーや現実に惹かれるというのは、理由としてはかなりこじつけですね。
人によって違うだろうし。

この映画(だいぶ話がそれましたが『ある海辺の詩人』)は、もちろん、そういう物理的&感情的な移住・移民のストーリーでもある。
主人公だけでなく、集まって住んでいる中国人もだし、闇ルート手配師のボスだってそうだろうし、シュン・リーと同室の女の子のこともすごく気になる(すごくかわいい)。

でも、それは別に、このふたりは、孤独感そのものを持っていると思う。

魂が似ている人についての話なんだと思った。
それがこのふたりが惹かれあったところだと思う。
同じ景色をみて、ずっと無言で心地よくいられるような。
それが恋愛感情になることもあるだろうし、ならないこともあるだろうと思う。
で、似た魂を持ってるふたりが出会えたことはすごく幸せなことだけど、案外、ひとりひとりの孤独はそのままだったりするような気もする。
ずっと孤独。
寂しいというのとは違う。
孤独じゃなくなったら自分ではなくなってしまう。
そんな孤独感が自分にもすごくある。

ベーピの海の小屋。
そこからみえる、海の対岸の、あれはアルプスなんでしょうか、雪をいだいた山脈とふもとの工場。
あの風景がリフレインされるとき、いたたまれない気持ちがした。
あの風景をふたりで見た、その魂が寄り添っていた瞬間の、それぞれの孤独さがたちあがってきて。

あの風景見てみたい。
行ってみたい場所がまた増えました。

0331.jpg

これは浸水の日(ヴェニスと同じで浸水よくするみたいで、みんな浸水したまま普通にお店でコーヒー飲んでるとかおもしろかった)、シュン・リーが、水の深めなところをわざと歩いているところ。
この赤い傘がやたら大きくてかわいかった。

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映画「エル・ブリの秘密」
ドキュメンタリー映画「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」を見ました。

1年のうち半分だけ営業する、世界一予約のとれないスペインのレストランのドキュメンタリー(お店は去年閉店したそうです。今後は研究財団になるらしい)。
半年間は何をしているかというと、レシピの開発で、映画はまず、その開発をしているところから始まります。
わたしはおいしいものは好きだけど、いわゆるグルメではないんで、このレストランのことも初めて知りました。
「驚きを提供する」っていうポリシーで、いろんな食材や調理方法(真空にするとか球体にするとか!)で、新しい料理を作っていて、必要なら器具の開発とかもして、料理界?に与える影響もすごいそうです(「ゆず」とか「オブラート」はここが広めたらしい)。

モダンアートのような料理と、その写真も美しいし、でもいじりすぎて、それ既に食べ物ちゃうやんみたいなところはなくて、食べてみたいなー!ってやっぱり思うのがいいなと思った。

サイトのコメントはほとんどが料理についてのことなんだけど、わたしは見てて、何がやっぱおもしろかったかというと、一番は、「この技を自分のものにしたいと思ってるシェフたちの目つき」でした。
すべてを、ひとつも見逃さず、この目と他の感覚も使って自分のものにしたい、記憶しておこうという目つき。

そしてボスであるオーナーシェフのフェラン・アドリアの、プロデューサーとしての仕事のやりかたに、うううと感心。プロデューサーっていう人はこういう人のことだなあ。
たとえば本や雑誌1冊、イベント一日、CD1枚、ブランドやお店をプロデュースするってどういうことか、じつはあまりわかってもらえない仕事なんだと思うんです。でも、オーケストラに指揮者が必要なように、本に編集者や編集長が必要なように、ボスが必要なんです。
フェランもそうだけど、誰の意見であろうと、そう思ったことにはとても素直なところ、ちゃんと議論をするところ、ユーモアのあるところ、いばってそうでいばってないところ、しっかり若い人にまかせるところはまかせて人の配置を考え後進を育てているところ、そういうのがボスには必要とほんとに思います。
ぜんぶ自分でするとか、人にまかせられないとか、それぞれの人の使い方や配置をわかってないとか、逆に、自由にやらせるだけとか、まわりにも迷惑な仕事のやりかたなんですよね。

ともあれ、何か、何でもいいから「作りたい」と思ってる人は見たらいいなーと思います。
わたしなんかは自分をクリエイターとかアーティストとか絶対呼びたくないし、クリエイトしてるなんて思ったことないけど、「単にそのときに、知りたいと思って、つい裏側まで見ちゃう」みたいな好奇心が「表現」に結びついているという気はする。
映画とかの映像見てるときでも、そのなかに気持ちが入ってると、木とか壁の向こう側を見ようと、つい動いちゃうときがある。。。。ありませんか???

映画では、作る方の映像が多かったので、人が食べてるレポートの映像をはりつけておきますね。
これはアメリカのトラベルチャンネルで番組を持ってる、シェフのAnthony Bourdainのレポート。
わたしこのひとのことあまり知りませんが、数回たまたま見た番組でおもしろい人だなーと思って好きだったので。
世界のあちこちでいろんな料理に挑戦とかもしてたけど、彼の地元のニュージャージーにある、いわゆるアメリカ~~ンな料理を、愛にあふれて紹介していたのが好きだったな(ほんとオイリーなフライドチキンとかハンバーガーとかです)。
ことば(英語とスペイン語)わかんなくても、お客にこうやって出て来てこうやって食べるんだみたいなリアル感がおもしろい。味を想像できて、じゅるっとなります☆

あとこの映画、BL好きな人には多分、萌えポイントが山盛りなんでおすすめ(笑)。
P.S.(リトルランボーズ)
書くのを忘れてた!

『リトル・ランボーズ』を見ていて、思い出したのは、まず、『スタンド・バイ・ミー』。

それから、何度も書いててほんと、しつこいとお思いでしょうが、わたしの生涯ナンバーワン映画『タイムズ・スクエア』。
『リトル・ランボーズ』のカーターと、『タイムズ・スクエア』のリッキーが、なんどもなんどもシンクロしました。
まず、顔の系統が似てる、これはまあどうでもいいことですが、でも重要。
クサい書き方をしてしまうと、愛を求めてるワルい子。
そして、おとなしいんだけど中に秘めたものをもってる子との友情関係。
契りをかわすところ。
ふたりのプロジェクトが過熱していくところ。

『タイムズ・スクエア』の封切りは1980年。
『リトル・ランボーズ』の監督は『タイムズ・スクエア』を見なかっただろうか?

というわけで、こういうシンクロしたために、よけい、うるうるときちゃったわけです。





『リトル・ランボーズ』(長文~)
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先日ちょっと書いた『リトル・ランボーズ』について、忘れないうちに感想を書いておこうと思います。

時代設定は'80年代。
敬虔なキリスト教(それも少人数のなんとか派みたいな。テレビ見ちゃダメとか、はやりの音楽聞いちゃダメとか、いろいろ制約がある)家族の長男であるウイルが主人公。家族はママと妹とおばあちゃん。
この子はいつも、聖書とか学校のノートとかに、マンガやぱらぱらマンガなどをびっしり書き込んで夢見がちな子。
学校のろうかで、学校一の悪ガキであるカーターと知り合います。
この子はめちゃめちゃ悪いんだけど、映画を撮って、ティーン映画コンテストに出そうとしている。そこで彼はウイルのラクガキに目をつけて。。。みたいな話。

子どもはやっぱ、秘密をもたなきゃいけないよ。
少人数教育がいいなんて、幻想。
いちいち大人に把握されてるなんて、かなわない。

ウイルは、宗教上、テレビ見ちゃいけないので、学校で授業内に映像を見るのも、そのあいだろうかへ出ていることになってます(このあたりは、宗教背景がいろいろあるイギリスやアメリカなどでは、よくあることだと思います)。
で、たまたま見ちゃった映画『ランボー』に魅了されたときのウイルの気持ちが、ねてもさめてもそのこと考えるみたいなものに出会ったときの気持ちが、きらきらと表現されてて、こちらもわくわくした。
そこで、リアルと想像がごっちゃになったかんじも、アニメがリアル映像にかぶったりして、すごくよくできてる。

ランボーになりきってるバカ男子なかんじとかもよかったなあ。まあ、女子だって、お人形ごっこやってるときは真剣ですから。
小学生のころ、家で友だちとお人形ごっこやってて、夜、わたしが寝たと思った親が、今日ムスメがこんなことやってておもしろかったってしゃべってるのを聞いちゃって、二度と家でお人形ごっこやるもんかと思った、そんなことまで思い出した。

カーターの気持ち、ウイルの気持ち、イケてる(?)フランス人留学生ディディエの気持ち。
この3人は、みんなイタくて(とくにディディエ。カーターとウイルは、イタいというよりもちょっと子どもだから)それぞれみんな、はみご。でも、何か、好きなものと「気持ち」をみつけた。それ以上のシアワセがあるだろか。
でも、見つけたその、好きなものを仕事になんてしなくていいんですよ、そのあたりを近頃の人は誤解してます。
ウイルのお母さんも、かっこいいんです。この人にも、複雑な気持ちがあって、でも、自分でしっかり決められる人。

誰が書いてるのか、まだわからないのですが、ウイルのラクガキがすばらしくて、これは以前から、いいよって見せてもらっていて、それでこの映画を見ようと思ったわけなんですが、ラクガキって楽しいよねえって気持ちまで、わたしのなかで、ぽっと火がつきました。
ラクガキってあまりすることがなくて、仕事以外で絵を描かないとまで豪語していたわたしなんですが、大学勤務で会議ってものに出るようになったら、とたんにラクガキするようになりまして。。。。ようするに、つまんない(あ、ばれちゃう大変。ま、いっか)時間を拘束されてるときに生まれるっていうか。。。

でも、いま、やってみようと思っている。絵を書くってこと、、、でかいのじゃない、ラクガキっぽいもの、、じつは「自由に書く」ってことをじつはわたしはずっと苦手だと思っていたというか、いまでも苦手感があって、できないと思ってたけど、やってみたい気分なのです。
まあ、だめかもしんないけど。
でも、27年イラストやらマンガやらの仕事をしてきて、この年になってはじめて、楽しみで絵をかくのもよいかなと思うようになってきたのも、まあ、よいではないですか(汗)。

このウイルのラクガキを描いたのが誰か、まだ調べがついてないですが、それを調べようとしていて、意外なことが。
ディディエ(フランス人留学生)の手下のひとりDANNYが、なんと、キューブリックの孫だったりとか、カーター(もう、この子はダイレクトにわたしの好みですう。昔のリバー・フェニックスみたいな♡)が出そうとしているティーンのための映画コンテスト「BBCスクリーンテスト」の授賞式が映画内でテレビで流れるんですが、ここで受賞してるのが、Jan Pinkava(ヤン・ピンカヴァ「レミーのおいしいレストラン」の監督)。

twitterでも書いちゃったのでしつこいとは思いつつ、やっぱり書いときたい。日本版dvdに、劇中とは違うイラストを起用しているのは、わたしはどうしても納得いきません。。。。なぜ、こういうことを。。。劇中にイラストとかないならよかったけれど、これでは見る人が混乱すると思うのです。

’80年ごろのイギリス。
音楽も懐かしかった。アダム・アンツのレコードジャケットがあったりして。。。ファッションも、イタなつかしい。
それから、イギリスでは(みんなってわけじゃないかもしれないけど)りんごを、日本と同じように(って言うのも変だけど)皮をむいて切ってるのが、新鮮でした。アメリカでは、丸かじりだから。
映画『タイムズスクエア』
こんなささやかなブログですが、見ていただいてるかたがいて、ほんとにありがとうございます。
本の名前で検索したらみつけたと言ってくださるかたもいて、でははたして、どんな単語で検索したらここへ導かれるのか興味もあり、ときどき調べてみたりしています。
すると、どうもですね、じつはmonmonさんというエロ漫画家のかたがいらして、そのかたかと思ってとりあえずクリックしてここへきちゃったかたがけっこういらっしゃるんです(けっこう見かけるので、つい調べてしまいました…)。
そのたびに、すいません目的とまったく違っててびっくりしましたよね(いや、びっくりというよりガッカリか)と、もうしわけないです。
しかし、とりあえず検索画面でちょっとはレビューを読んでからクリックしてるんだろうから、なぜ。。。。???という気もしないでもないのですが~。

**
さて、ここへくる検索ワードのなかには、本の名前や、monmonbooksなどで検索してくださってるかたもいれば、映画や食べ物でたまたまヒットしちゃったかんじのかたもいらしゃいます。
以前「BL」+「ブリーフ」ってのがあって、いや、そんな単語そもそも書いてない気がするんですけど。。。ってこともありました(汗)。
はい、そんななかでなぜか、少ないけれどもコンスタントな頻度でくるワードが「ロビン・ジョンソン」。

ロビン・ジョンソン、ご存知のかたのほうが少ないかと思います。
が、わたしにとってはとてもだいじな、わたしの生涯不動No.1映画に輝く(?)最高のガールズ・ムービー『タイムズスクエア』の主演女優さん。

サウンドトラックもよいのです~。
1980年の映画。わたしはリアルタイムでは見てなくて(そもそもちゃんとロードショーしたのかも謎。パンフあるからしたんだと思うけど、すぐ終わったんじゃないかなあ)、たぶんその数年後、大学3年くらいのときに名画座でたまたま見ました。

当時大阪梅田にあった「大毎地下(だいまいちか)」と「大毎名画鑑賞会」という名画座では、「ロッキーホラーショー」と「タイムズスクエア」の二本立てを、だいたい半年にいちどくらいの頻度で繰り返し上映していて、そのたびに行くので、この二本を4~5度くらいここで見ています。
(ロッキーホラーのときは、最前列にゲイとおぼしきかたたちが陣取って、お米撒いたり足踏みしたりしてて楽しかったな。わたしと友人は、足踏みと、こっそりゴム手袋をぱちんと鳴らすくらいはした)。

『タイムズスクエア』は、パンクな少女(かな?)ニッキー(ロビン・ジョンソン)と、政治家の娘でおとなしく繊細なパメラ(トリニ・アルヴァラード)が精神病院で出会い、ふたりで病院を抜け出しストリートでくらしていくが。。。。このふたりをラジオDJのジョニー・ラガーディア(ティム・カリー←「ロッキーホラー」主演)が見守る、といったようなストーリー。

ぜんぜん関係ないんだけど、トレイラーでは出てこないけど映画では、ティム・カリー扮するジョニーがラジオ番組の冒頭にいつも、気温を言うんですね。「ニューヨーク朝の4時、ここタイムズスクエアは現在華氏45度。。。。」みたいな(見返してないので適当)。ここがなぜかたまらなく好き。アメリカのラジオでは気温をよく聞くような気がする。
ちなみにこの45度ってのは適当に書いたけど、だいたい摂氏7度くらい。華氏100度は38度くらいで、ニューヨークの夏はそんなんになることがけっこうあった気がする。

***
とまあ、そんな話を数年前、ここに書いたと思うんです。
で、英語サイトですが彼女のファンサイトを見つけたことも。
それで、ロビン・ジョンソンで検索して、このサイトへ来てしまう人が、いまもたまにいるというわけ。

サイトによると、彼女は数本映画に出たあと、カリフォルニアのラジオ局で仕事をしていたけどそこも去り、2003年にカリフォルニアでポエトリーリーディングの会で目撃されたのがさいごだった。その後、いまはカリフォルニアでボーイフレンドと幸せにくらしていることがわかったそうです。
彼女がいまどうしていようが幸せならばよい、ファンは映画の彼女を見て人生が多かれ少なかれ変わったことには違いない、というようなことが書いてありますが、そうですね。ふだんからわたしは映画が大好きだけどメイキングにはまったく興味がなく、俳優本人への興味もほとんどないのですが、彼女がいま幸せだといいなと、とてもとても、思います。とてもとてもあこがれてたから。

こんな昔の映画の、それもことばは悪いけど、ほぼこの1本だけという女優さんを、今も検索かける人が少なからずいるということ、いまも彼女を忘れられない人がいるってことは、わたしもうれしいです。

ロビン・ジョンソンはそもそもプロの俳優ではなく、スタッフがニッキー役を探していたときブルックリンの高校の前で彼女をみかけ、その場でスカウトしたと、パンフレットで読んだ記憶があります。
ミック・ジャガーに似てるという人も多いのもわかる。わたしはミック・ジャガーの顔はもちろん(関係ないけど、ストーンズの映画で最高なのは、ただいまリマスター版上映中のハル・アシュビー監督「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」。これも大毎で5回くらい見てそのあとビデオで十数回見てる)、こちらも今や懐かしのモリー・リングウォルドも好きなんで、まあこういうタラコクチビルが好きなわけでもある。

人生。。。については、そうですねえ。。。わたしは少しは変わったかもしれない。人生が、というほど、大げさなことじゃないけど、でも、あのファッションにあこがれ、ニューヨークにあこがれ、そしてこんなふうにして歩きたいと、ほんとにほんとにあこがれた二十歳くらいのころ。このシーンの音楽はトーキングヘッズの「LIFE DURING WARTIME」。
こんなふうに飛び出したいと思っていた。
英国王のスピーチ
今日はお昼ごろとつぜん思い立って、「わたしを離さないで」と「英国王のスピーチ」を見てきました。
「わたしを離さないで」のほうは、悪い映画じゃなかったけど、映像にするのにちょっと無理があったかもしれないなという気がする。かえって原作の小説を読みたくなったので注文したところ。運命を受けれざるをえない登場人物たちのこころの動きをもっと知りたい。

英国王のスピーチ」は、良い話でした。これも、運命を受け入れざるをえない人の話ではある。
1936年のイギリス。国王が亡くなり長男のエドワード8世が即位、でも恋人と結婚するために王座を捨て、弟の弟のヨーク公が王位につく。。。彼は小さいころから内気だし吃音に悩んでいたのだけど、戴冠式もあるし、クリスマスや開戦時、王として国民にスピーチをしないといけない。そこでオーストラリア人の言語療法士ライオネル・ローグについて「話す」練習をすることに。
吃音を「克服」はしてないのがポイント。どうやったら楽な気持ちで話すことができるか、緊張をほぐすかっていうあたりに、その、オーストラリア人のおじさんの真価が。

ああしかし、人前で話す緊張。わたしは講義の前、毎回じつはブルーになってしまう。
わたしの場合は、大学へのみちみち、パンクっぽい音楽を聞いて気持ちをあげてく。あげてくっていうか、やけっぱちな気持ちにあえてなるっていうか、なるようになれっていうような。
で、思ったのは、あの、イギリスの建物の荘厳さ。あんな中で喋れって、緊張3倍になりそう。
江戸城の大広間だったらあそこまで緊張しないですんだかもとか、つい、考えてしまった。みんな座ってるし、見た目の色味もやさしいし、、、、そんなことないかな。

へえ!って思ったのは、「王様をする」っていう意味で「kinging」って、kingを動詞で使ってたこと。
昔、電子レンジ=microwaveを、動詞として、かつ、microwavableという「電子レンジで使える」という活用形にしてるのに出会ったときは関心したなあ。
名詞とばっかり思ってた単語が普通に動詞でもあるっていうのは、milk=乳をしぼる、water=水をやる、なんてのがあって、はじめて出会ったときにはびっくりしました。こういうのは、はじめに教えてほしいとか思ったけど、教えてもらってても多分覚えてなかったでしょうね。

あと。。。。ヨーク公の奥さん役、この映画まったく前知識なく見に行ったため、これ、ヘレナ・ボナム・カーターかなあ?似てるなあ、でも若すぎないか。。。と思いながらさいごまで見てしまった。すみません。ヘレナ・ボナム・カーターでした。若いなあ、きれいだなあ。やっぱり「ビッグフィッシュ」に出て来た魔女かもしれないな。
ヨーク公のお兄さん、ようするにエドワード8世役をやってたのが、ガイ・ピアースで、彼はドラアグクイーン3人のロードムービー「プリシラ」に出てた人(もちろんドラアグクイーン役で)。ええかげんだけど悪い人じゃない、王座より女をとる人の役、似合っていました。プリシラのときも、そういえば、若造でええかげんで口も減らないけど悪いやつじゃないって役だった。
言語療法士ライオネルは、パイレーツオブカリビアンのバルボッサの人。
ざっと調べてたところちょっとまだお名前は見つからない、でも、とーっても美しかったのが、ライオネルの息子さん。後でまたしっかり調べて、気にしておこうっと。
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ブンミおじさんの森
実を言うと、きのうの夕方までタイトルも知らない映画だった。
昨日は、あべのの近鉄百貨店で開催中の「へうげもの」陶芸展&赤いお茶会を見に行って、遅いランチを食べてカフェで仕事を少ししてたら、なんとなく映画見たくなったので調べたところ、前から見たかったアッバス・キアロスタミの新作「トスカーナの贋作」をレイトショーでやってた。だけどそれにはまだ4時間あったので、同じ映画館でその前に上映してたタイ映画「ブンミおじさんの森」を、ついでに見ることにしたのだった。
で、なぜタイトルがブンミおじさんだけかというと、残念ながら、トスカーナのほうは、わたしにはどうもしんどくて半分ねてしまって。。。。

で、「ブンミおじさんの森」なんですが。
BUNMI.jpg
不思議な映画。
なんだか、ものごとの流れとか速度とか、わたしの所詮狭い常識なんかがいろいろとくつがえされて、え、なんでこのひとたちこうなん?とか、どこ行ってるのこの人たち?とか、えええーーーとかいうことがとても静かに進行して、でも、そのうち、ああ、そうだよね、うんうん、やっぱそう、あるよねこういうこと、ってなるっていうかんじ。。。なんだかわかりませんね、これじゃ。

ブンミおじさんは、タイの田舎で農場をやってるんだけど人工透析を自宅でやってて余命いくばかりもない。
人工透析を手伝っているのはラオスからの出稼ぎの若者。
ブンミおじさんは、ふだん街に住んでる19年前に死んだ妻の妹とその息子を呼びよせる。
テラスで食事をしていると、死んだ妻の幽霊が現れる。
話ししてると(これがみんなふつうにしゃべってるんですよ)、けむくじゃらの、もののけ姫のショウジョウみたいなのが階段をのぼってくる。
それは森で行方不明になったブンミおじさんの息子だった。
で、またみんなふつうにしゃべってるんです。
農場の日常を交えながら、ブンミおじさんは家族を連れ(幽霊の妻も)死に場所として森の洞窟へ、そして前世を語りだす。。。。


いやしかし、人の前世は動物だったという、まあ他のどこでも聞くことがあるであろうイントロの語りで、だけど画面に映し出される動物が「水牛」。そこからすでにわたしはやられちゃってたかもしれません。タイ。

ほかにもいろいろと不思議な??場面が、あたりまえのようにあって、でも、なんかもう、すぐ、ああ、うんうん、あるかもね、いや、あるよねって気分になるんですけど、それは表現に力がないと無理だと思うし、わかりやすい答えなんか用意されていなくても、その映像のなかでたゆたっていられるのは、イメージのビジョンが強くしっかりしてるからだと思った。答えなんてもともとないわけだし。
そもそもほしいのは答えじゃない。

あと、ほんのなにげないセリフに、「共産党をたくさん殺した」とか「父は森に人を狩りにいって」とか出てくる、国の歴史にもヒリッとしました。ここは、韓国映画「息もできない」で、韓国からベトナム戦争に何万人もかりだされたというあたりにもつながって。
農場のラオスからの出稼ぎ労働者がフランス語を話せるとか、それだけで数十秒しか出てこないその役名もない人物とそのまわりまでの世界があると感じさせてくれる。
しつこいけど「息もできない」で、わたしがいちばん好きなシーンは、借金取り立てに行った主人公と手下が、取り立てに行った家で食事してるところで、取り立てのふたりはなんか炒めものみたいの出前かんなかで食べてて、取り立てられてるほうは、コーンフレーク食べてる。
こういうシーンはなかなか作れない。
映画ってやっぱり好きだなときゅんとするのはこういうシーンに出会ったとき。

農場で収穫してるのはタマリンドの実だったりとか、タイの田舎の農場の家に写真用の暗室がある、そんなあたりにも心をもっていかれた。

この映画は2010年のカンヌ・パルムドール受賞なんですが、そのときの審査委員長ティム・バートンのコメント。
「世界はより小さく、より西洋的に、ハリウッド的になっている。でもこの映画には、私が見たこともないファンタジーがあった。それは美しく、まるで不思議な夢を見ているようだった。僕たちはいつも映画にサプライズを求めている。この映画は、まさにそのサプライズをもたらした」
ほんと、見たことのないファンタジーでした。世界は広くてもっと深いなって思った。

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「白いリボン」
映画「白いリボン」見てきました。
重くて、でも、透き通っている、美しい映画でした。

1913年のドイツの小さな村での物語。
物語は重いのだけど、まずなんといってもわたしの萌えポイントはお洋服。
(クリックで拡大)
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地主婦人のゴージャス衣装じゃなくて、子どもたちの普段着や、使用人や小作人の労働着がツボだった。
作業着や労働着がほんとに好きだなー(映画「ディーバ」の男の子のブルーのジャケットあたりからこっちずっと)と思うときにすぐ浮かぶ大好きなブランド「ZUCCA」のムック本を、今日、デザイナーの小野塚さんが引退されるラストシーズンなのを知ったのと、ふろくのトートがほしくて買ってきたところなのですが、小野塚さんのインタビューで、彼がZUCCAをスタートするときにインスパイアされたというドイツの雑誌に載っていたというダンガリーぽい色のスカーフを頭に巻いて、カーキのジャケットに紺色の大きなエプロンをつけた農夫ぽい写真、これ、以前も彼がどこかで紹介していたのを記憶しています。
彼がオッズオンというメンズのデザイナーをされてたときにセールで買った、クレイジーパターンのアーガイルカーディガンをまだ持っていて、わたしの好きなものはもうやっぱり30年くらい変わっていない。
上の絵で描いたみたいなジャンバースカートもギャルソンにこういう吊りスカートがあるシーズンがあって、今でも好き。
てなわけで、ああ、かわいいな、こういうワンピースほしないなあ、でもパフスリーブじゃなくて、とか、そんなことも考えつつ見たこの映画。

1913年、ドイツのある村でのできごとが、若い教師のことばで「昔こういうことがあった。忘れないうちに語っといていいかな」というように語られます。

道にいつのまにか張られていた針金のために村の医者が落馬して大けがをしたことから始まり、小作人の妻が死に、収穫祭の夜には男爵家の長男が行方不明になどと、男爵家と小作人でなりたつ小さな村に次々と起こる不穏なできごと、子どもやおとな、いろんな登場人物の仮面の裏に隠されたいろんな感情が交錯します。
それらははっきりとは語られなくて、あれはどういうことだったのかなと、十数年後にふと考えるかもしれないような映画。
わたしは自分も含め子どもが純真だなんて思ったことがないし、昔の子も今の子もなにも変わってないと思うんだけど、映画に出てくる「いい子」な「うまい子」ほどしんどいのは現代でも同じで、ひりひりと心が痛みました。

登場人物多くて、ちょっとこんがらがりましたが。。。。

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「エリックを探して」と「ソーシャルネットワーク」(長文!)
一日に映画2本の日。
「エリックを探して」。
10回くらい泣いて、たくさん笑った。「おっしゃー!」っていう気分になった。
なんていうか「ブラス!」とか「フルモンティ」とか、ああいうかんじ。何が「ああいうかんじ」かというと、イギリスの労働者階級のオッチャンたちの「つるむ男の子」っぽさ、かな。

前にどっかで読んだ本に、子どもの成長過程には「チャム期」(またはチャムシップ)っていうのがあるっていうのがあって、チャムっていうのは子犬が子犬どうしでごろごろじゃれあう的なこと。
小学高学年から中学生くらいに、同年齢(学年)同性の友達でじゃれあって遊ぶような時期があるという。それがその後の人間関係を築くのに必要だというような論説で、それがあるからないからどうっていうのはわたしはわかりませんが、このイギリスのオッチャンたちは、年とってもそういう関係のままってかんじがする。
もちろん、職場での関係ですから(何人かはずっと地元な仲間なのかもですが)、年齢もいろいろなのですが、仲間をしっかり助け合っててカッコいいんです。

エリックは結婚を二度失敗して、二番目の妻の連れ子をふたりひきとっているけど、そのふたりの息子も全然言うことをきかないティーンエイジャーでたいへん。
そんなある日、ずっと会うことのなかった初めの妻との娘にできた(未婚で大学生~)孫の面倒を相互にみることになります。孫を介して元妻と会うのだけど、別れた原因やその後に関しても後悔ばかりが残る20年をすごしたエリックは、どうしたらいいかわからなくてパニック状態になってしまう。そんなときに彼の神様である往年のスターサッカー選手エリック・カントナが背後霊のように現れます。。。。

いいなあ。。。うーん、でも、わたしだったら、うちにだれが来てほしいかなあ。悩むなあ。。。好きな人、あこがれの人はいるけど、実際にアドバイスとかしてほしいかっていうとまた別。。。
あ、米原万里さんに来てほしいかもしれない!

エリックがだいじなものを守るために決断するところ、一歩踏み出そうとするところ、がんばれがんばれって思った。子どもたちももともと良い子なんだよね。よかったよかった、と、イギリスなんだけど、まるで近所のことのよう。

「ソーシャル・ネットワーク」は、フェイスブックを作った人の話、なんてみなさんご存知ですよね。。
ネット世界にまだまだ慣れないわたし、リアルで知らない人を「友達」と呼べないみたいなかたくなさがまだまだあって、ツイッターも5度くらいやってはやめ、やってはやめを繰り返し、やっと最近なんとか立ち位置がわかったりしたかんじなもんで、フェイスブックなんて全然わかんないのが事実。
ツイッターでは、読者のかたとかとは、お手紙でやり取りしてると思えばじつは自然にやりとりできたりできて楽しくて、それはダイレクトな関係だから大丈夫。楽しいことや情報を得たりすることも多くあるなかで、でも案外、リアル友達の知らない部分をじつは見たくなかったりする、複雑な気分をひきずったままです。
ただ、リアルでもネットでも、その人がどんな人かわかるっていうのはどちらもどちらな部分があって、もともと知らない方とかでも、なんとなく距離を置きながら、どんな人かなんとなくわかってきたらコメントとか最近ようやくできるようになってきました(遅い)。

アメリカの新聞には「クラシファイド」という、アパートや仕事を探すとかの情報欄の続きに、「パーソナル」という友達とか恋人募集とかいう欄が昔からあります。そこには必ず、たとえば「WGM」だと「ホワイト(白人)、ゲイ、メイル(男性)」が「BGM」を、「WSF」(ホワイト、ストレート、フィメール」が「BSM」を募集とか、必ず自分の属性を明記してあるんですね。
わたしはフェイスブックって、その流れなんじゃないかなーって思う。

映画を見ると、フェイスブックは、もともと大学生の学内カタログ(出会うための)みたいなのが発端ですよね。日本ではいきなり全てオープン状態で、「学校」くらいのゆるい囲いがないから、かえってどこにラインをひくとかむつかしいような(わたしだけかもしれませんが)。学校だと、顔は知ってる先輩がどんな人なのかなーとか見ちゃうのは楽しいかもしれないな。
でも、ツイッターや、わたしはやらないけどミクシイとの住み分けとか、ややこしい。。。わたしは特に、自分の脳内メモリ的に、リアル世界でも人の名前を覚えるのが苦手だし。

そんなわけで(?)「ソーシャル・ネットワーク」は、主人公の男の子の顔が好みだったとまず言っておこう!!この子の性格は、正確には性格ではなく性質だと思うので、つきあいたいかつきあいたくないかは置いといて、いやな人だとはぜんぜん思わない。
どちらかというと、主人公とはじめに会社の出資者でパートナーだったはずの男の子が、しかたないとしかいいようがないのですが、まるでビートきよしや、ぼんちまさと状態で、不憫で。。。でも、しかたないのもほんとわかる。
こういう「いける!」と思ったアイデアを実践するときって、やりたいことを優先させていける人でないと無理なのかとも思いますし、わからないではない部分がある。
よく、恋人が忙しくて、わたしと仕事とどっちが大事なのってありがちですよね(この映画にはありませんが)。
そんなとき、そんなこと言われても困る、いまどうしても流れとしてやめられないとか仕事だからこそ優先させないといけないとか、ドタキャンせざるをえないみたいなのって、わたしは本当によくわかる。

だけど、そこで相手が聞きたいのは、忙しくてごめんなんてのじゃなくて、ほんとはどう思ってるのか、気持ち的に会いたいかどうなのかってことだけなんですよね、たぶん。
1分でもいいからぎゅっとする時間をとるとかできること(とか、したいこと)はあるはずで、でも、そもそもそう思わないなら、また、まあいいやと思ってしまうならその程度のことなんじゃないかとか、まあだから何が言いたいかというと、マンガ「働きマン」(これは女子のほうが忙しかった話)でも思った、やりたいことをやりたい気持ちにあらがえない「業の深さ」、そして少し「知らせる」ことで友達だろうと恋人だろうと関係はこわれないですむのにという話だなーって思った。といってもザッカーバーグくんはやっぱ(善し悪しはいま別として)性質的に、あまり人の感情がわからない人だと思うから、一般論をあてはめてもしかたないとも思うけど。

でも、フェイスブックがたぶん、新しいことを作って行く段階ではなく保持していくというステージに入ってる今、はたして彼は仕事が楽しいかなー?ってちょっと思った(よけいなお世話)。
あと、わたしはとっても腹黒いので、この映画に出てくる、容姿端麗ええとこのぼっちゃんでスポーツ万能成績優秀なデキスギ君のふたごが、主人公にあっけらかんと相手にされてなくてぎゃふんとなってるところが、かなり気分よかったりしました。

主人公を演じた俳優さんは、「ゾンビランド」にも出てるらしい。見なくっちゃ~。

***↓一番下に、まだ続きがあるように出てますが、ありませんのでクリックしないでくださいね。長すぎるからかなー。

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