MONMON PRESS
エッセイマンガ家 イラストレータ- MONの仕事
オオトカゲの思い出
今月終わりごろまで大阪の民族学博物館で、見世物大博覧会という特別展をやっていて、今日見に行ってきました。

見世物小屋は、何度かお祭りでみかけたことがありますが、じつはこわくて入ったことはありません。
わたしはニュータウンで育ったので、お祭りなんかも特に別に由来やら伝統やらがあるものはなく、近所の割と大きめの公園で、毎年盆踊り大会があるくらいですが、一度だけ、見世物小屋が出店(っていうのか)していたことがあります。
もちろん入れてないんですが、こういうものはもっと大きなお祭りに出るものかと思ってたなあ、と、思った記憶があります。高校生くらいのときかな。

大阪だと、住吉神社の夏祭りなんかになると、ここはもう、すごい規模のお祭りですから、たぶん今も毎年、見世物小屋、お化け屋敷と、小屋がたっていると思います。
数年前だったか、久しぶりに住吉の夏祭りに行って、ケバブサンドを買いに並んでいると、ちょうど正面にあったお化け屋敷の小屋に、家族連れが入ろうとしてるんですが、そこんちの子供(推定5歳の男の子)がこわくて泣き叫びつつ全力で入るのを拒否してる。しかし、家族に「ここに入るのは、うちの掟や!」って、連れていかれていました。。。トラウマになっただろうな。。。

そんな話を家に帰ってしてたら、うちの母(昭和7年生まれ)が、小学生のとき、そういう巡業の家業の子が1週間とかだけ学校に来てたなあなんて話をしていました。
今はどういうかんじなのかわたしはよく知りませんが、30年くらい前、住吉の夏祭りの最終日の午後遅めに行った時、すでに小屋の解体を始めていて、そこに子供がいたのを覚えています。

そんなことを思い出しながら、やっぱちょっとこわい、ぞわぞわした気持ちもありつつ、展示を見ました。
1階は見世物小屋の再現であったり、いろんな興行や演芸の資料や映像。2階は、見世物としての「もの」(細工とか、菊人形とかまで)や動物などがテーマになっていて、特に貝細工がすごかった。

昔はもちろん珍しかったであろう動物の剥製も見世物としてあったという展示のなかに、小さめのワニの剥製がありました。
それを見て、とつぜん、むかし叔父が借したお金の代わりだか何かに貰い受けてきたけど置くところがないって、うちに持ってきた、オオトカゲの剥製のことを思い出しました。

叔父があのトカゲの剥製(体長約1m)を持ってきたときの夜のことを覚えてます。
どうする、これ。。。みたいな、どんよりした雰囲気。うちにも置くとこないよ。。。でもまあ、しかたないから、ここなら置けるか、ということになったのが、居間のテレビの上の棚の上置きと天井の間の狭い空間。
オオトカゲはずっとそこにいました。
大掃除のときだけ降ろされて、母がホコリを拭いていました。

20年ほどまえに家を改築し、あのオオトカゲは今の家にはいません。
今日まで、あれをどうしたのか全く考えたことがなかった。
うちの親が前の家を壊す時に捨てたんだと思うけど、引っ越しごみの日に出したとしたら、普通のゴミ収集車じゃなく大物引取のトラックが回収しただろうから、そのままどこかに持って行かれて、収集の人も、たんすとか家具とかを仕分けするんだと思うので、そこで仕分けされて、またどこかに売られていったかもしれないな。
でも家の物置にまだいたらどうしよう。
自分のこと少し
ツイッターで流れてきていた、養子や血縁まわりの話で思ったことなんですが、ツイッターにぶちぶち途切れて書くのもなあと思ったので、こちらに書きました。日記的な、書き散らしです。

わたしの亡き父は、小さいころ父親を亡くしたからかどうかしらないんだけど、母親と姉とセットで養子に入って一度なぜか破門され、またセットで養子になっている。
わたしの本名の名字(ペンネームに名字ないけど^^:)は、その養子入り先の名字。

父が退職後(わたしが大学生のころ)、自分探しの旅に出て、小さいころの記憶だけで、養子に行く前の家のお墓を探し当てて、母やわたしもその旅や、会ったことのない親戚に会いに行く旅に、何度かつきあった(「つきあわされた」が正しい)。
初めて会う親戚は、だいたい冷たくて、いたたまれなかった。
父は、血のつながりや自分のルーツを、何かを埋める気持ちで探したのだと思うが、達成感はあったのか、傷ついたのかはわからない(本心はわからない)。

わたしはひとりっこで、母はわたしの出産後子宮がん全摘しているので(しつこく書いておくと翌日現地入りの被爆者です)、子供好きな父が養子をもらいたいという話はいつも出ていたので、わたしはそんなもんだと思っていた。実現しなかったけど。
それとは別に、めんどくさそうだから結婚とかしたくないなあと思っていた小学生のわたしは、将来お金持ちになったら、親のいない子を9人養子にして野球チームを作りたいなんて思っていた(子供の甘い夢だとわかっています)。
だけど、それをともだちに言うと、「ええ、本当の親じゃないって子供が知ったらどうするの?」とか言われ、はじめから共同生活だって言う以外に何があるのかと思っていた。

さて、だからというわけではなく、わたしは家とか血縁とかどうでもよいので、母がいつか亡くなったら、お墓もしまおうと思ってるし、本名の名字も、識別の意味以外の愛着もなにもない。

母は大家族で、亡くなる大分前から、父は葬式に母のほうの親戚だけ呼んでほしいと言っていた。
母のほうも親(わたしの祖父祖母)は早く亡くなっているけど、兄弟が7人いて、なんというか、そのまわりの人たちも、細かいことを気にしないお祭りっぽい人たちだから(いとこの結婚式とか行くと、相手方から引かれるような歌いっぷりと飲みっぷり)、父にとって、家族や親戚という気持ちは少しは満たされていたかもしれない。
お葬式で、良かったね、と思ってあげられたのはそこだった。
台湾のzine展と雑誌
2月〜3月にかけて台北で開催されていたzineの展覧会に、monmon booksを展示していただいていました。
展示のようすの写真を送っていただいたのでアップします〜♬

田園城市藝文空間:ZINE世代‧小誌革命
全体の企画としては、台湾のzineと日本のzineの展示です。
この企画のGARDEN CITYのかたとは、2年連続でTOKYO ART BOOK FAIRでお会いしていたので、ご縁が続いてとても嬉しいです。

エントランスのディスプレイに、昨年イベントで配布していた活版印刷の黒犬カードを飾っていただいてます。
(画像はすべてクリックで拡大)
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壁面ディスプレイ。
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monmon booksは、こんなかんじに展示していただいてたみたい。
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ちょっとアップで。
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zineはテーブルにも展示されていたようです。あと、ボックスをディスプレイしてzineとする、みたいな(たぶん)企画があったようで、これおもしろいな〜と思いました。ちょっとやってみたいな〜〜。
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そして、同時に台湾で発行されているイラストやデザインの紹介誌dpiで、4ページにわたりmonmon booksを紹介していただきました。
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展示を見ていただいたかたなのか、台湾から通信販売のお申し込みもあったりして、嬉しかったです♬
台湾までだと、monmon booksを18冊(ちっちゃい本ばっかですが)をEMSで送っても1100円くらいで、それも2−3日で着いちゃうので、わ〜、やっぱ、なんだか近いな〜と、改めて思いました。
こういうとき(以前アメリカへお送りしたときも)のお支払いは(友人に教えてもらって)、アマゾンのギフトチケット(Eメールタイプ)を使っています。お互い一切手数料がいらないのですごくお手軽で安全。

今後もいろいろと、ご縁が広がるといいな。

******
以前(下のエントリですね)もお知らせしましたが、Tumblrで、monmon booksの一部や、スケッチ、割と個人的な仕事で描いたイラストなどを公開しています。
ちょくちょくアップしていきますので、ご覧ください☆
2014年
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2014年になって、はや3週間たってしまっております。
たいへん遅くなりましたが、今年もどうぞよろしくお願いします!!

お年賀のイラストがなかなか決まらなくて、こんな時期になってしまいました。
年末から、ちょっと今までと違うこともやってみたくて模索していたんですが、ぐるぐるぐるぐるっと3周くらいして、結局ずっとやってきてることに戻ってきました(わたしの頭のなかで)。

というわけで、2014年のごあいさつイラストは、バークレーに行ったときのスケッチの中から、本に使わなかったものを選んでみました。
このイラストを色インクで活版印刷にしたもの、バークレーの本のなかから4人のイラストをポストカードに印刷したセットを作りましたので、ことしいっぱい、イベントやウエブで本やバッグをお買い上げいただいたかたに、なくなるまで、おまけで差し上げていく予定です。

再度になりますが、今年もどうぞよろしくお願いします☆☆

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文庫版『おしゃべりニューヨーク』といろいろーその3
文庫版『おしゃべりニューヨーク』第2巻<生活編>、12/18に発売されました!
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生活編には、食べ物関係の書き下ろしがたくさん載っております。
カバーは、並べてかわいいように、かなりはじめのうちからデザインを進めていただいていて(本文書き下ろしのまわりのデザインも)、ほんとに嬉しい♡
かわいいカバーと、なにかあると、ほんとにすぐに直しや代案を出してくださったデザイナーさん、掲載時から時間がたっているので事実関係などを、ものすごーーーくしっかり調べていただいた、編集担当さん、編集アシスタントさん、編集プロダクションのみなさん、総出で校正あたっていただいた編集部のみなさまにはお世話になりっぱなしです。
そして、2巻の巻末の解説は、演出家・映画監督の守屋健太郎さんにお願いしました。

解説に書いていただいた内容は、なんだかかっこよすぎて照れますが、その文章にあるように、ニューヨークで、ひょんなことから知り合い、何度かアパートやお店でだらだらと話してすごしたり、ごはんを食べたりしました。
彼はじつはニューヨーク時代に、わたしのだらだらした日常を見た、数少ない日本人なのです(汗)。
たしか、学生のあいだにもういちどニューヨークにいらしたんじゃなかったかなー。

卒業後、テレビマンユニオンに入社され、あれよあれよと、わりとマニアック?な監督さんとして、テレビに全然詳しくないわたしにも、伝わってくるような仕事をされて、すごいなーって思ってみていました。
入社したてのころだったかに撮った、ミュージックビデオに、わたしの好きな場所で撮影したってメモをつけて、ビデオテープを送ってきていただいたりしました。

守屋さんが監督した『シーサイドモーテル』を見に行ったときのブログがこれ
2010年ですね。
もちろん、守屋くんが監督だってわかってて見に行ったんですけど、ブログの読者には関係のないことだったし、知り合いだとかそんなことじゃなく、見たって書きたい映画でした。
知ってる人じゃなくても見に行ってて、同じことを書いていた。

1巻で、村上知彦さんに書いていただいた解説もですが、まずは、もうわたしのこととか覚えててくださっててすいませんありがとうございますって気持ちであり、そして、おふたりとわたしが、お互い微妙に違うことを記憶しているというのがおもしろくて、お引き受けいただいた原稿を読むことがすごく嬉しく楽しい体験でした。

最近、「じぶんのなかの記憶」っていうこと、ときどきぼんやり考えています。

ーーー

夏に、三重県立美術館に三沢厚彦展を見に行きました。
三沢さんのトークショー目当てで行ったんですが、そのお話のなかで、、、、
三沢さんは動物の彫刻を作られているけど、じっさいに動物をみるんじゃなくて、色とか大きさとか、図鑑をみて作られてるんですね(それも子ども用の図鑑)。

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(毎年買ってる♬これは来年のカレンダー

その三沢さんが北海道に旅行に行ったとき、実物の馬をたまたま見かけて、馬ってでかいなーと思って、帰ってその印象で馬を彫り出したら、なんだかでかすぎて、どうも馬っぽくないのでしばらくほっといた。で、ある日、ふと思い立って角をつけてみたら、三沢さんのなかで、これは馬じゃなくてユニコーンだ!ユニコーンはこの大きさだ!って、ぴーんとひらめいたんだそうです。

上の画像のユニコーンが、2頭一対、三重県立美術館の展示のエントランスに、どーんとあったんですが、かなりでかかったんですね。で、三沢さんがその話をべつのトークショーでしたときに、お客さんに、ユニコーンってどれくらいの大きさですかねーって聞いたら、ひとりのおじさんが、自分のユニコーンはもっと小さい、って言ったそうで、その話がすっごい好きです。

三沢さんのイメージの中の馬が、まずはそれくらいでかかったこと。
幻想の動物であるユニコーンの大きさって、きっとみんな違うってこと。

ずっとずっと、すごく背が高いと思ってた、となりのおばちゃん(わたしんちの)が、ある日、そんなに大きくないって気づいたときのこと(わたしがぼけてんのか、それに気づいたのは20歳くらいのときだった。けっこうよく会ってたのに)。

まんが『動物のお医者さん』に出てくる犬嫌いの女の子の思い出では、「子どものときに、地獄の番犬みないな巨大な黒犬においかけられたうえ、誰も助けてくれなかった」んだけど、当時そこに居合わせた幼なじみによると、黒犬はふつうの中型犬で、犬はわんわんと楽しそうにその子とじゃれてるっぽくて、全体的にほんわかした雰囲気だったから遊んでるんだと思って誰も止めなかった、という。

ーーー
「ある時」、「ある場面」は、自分のものと思いがちだけど、その場面に相手があるとき、向こうも同じ場面を経験しているけど、カメラ位置も、見えているものも、前後の文脈も経験も違う。
ひとりがものすごく覚えていて、もうひとりは全然覚えてないとか、覚えてるけど細かい部分がぜんぜん違うとか、それはもう、違いをおもしろがったほうがおもしろいなって、あらためて思った(でも、だから、事件の聞き込みとかって大変だよなあとか)。

なんだか関係ない話になっちゃったけど、じぶんの記憶も、原稿はそのときリアルで書いていたからそのとおりなんだろうけど、それもあらためて読み返してみると、懐かしい気持ちになることも、または新しい、または人の体験のような気持ちになったり、しみじみといろんなことも思い出したりした、この数ヶ月でもありました。

『おしゃべりニューヨーク』文庫は、とりあえず1、2巻発行です。
1冊だいたい250ページありまして、だいたいが見開き完結ですので、どこから読んでもよいかんじです〜。ぜひバッグに1冊♬♬
(原稿はまだあるので、3巻も出せるといいんですが)。

どうぞよろしくお願いします!

だいたいやさぐれてるか食ってるTwitterはこちら
文庫版『おしゃべりニューヨーク』と仕事のいろいろーその2
続きです〜〜。

どうしてアメリカに行ったんですかと聞かれることがあります。

はじめてニューヨークへ旅行で行ったのは、'85年ごろ(だっけ)です。
このときのことは、モーニングで連載していた『カリフラワーズトーク』でレポートを描いています。マイク・タイソンとすれちがったとか。。。。

そのときは、はじめから取材だったわけではなく、友だちと旅行に行くことに決めたら、担当さんも行きたいな〜ってなり、じゃあ、数回レポートを書くかってなって、講談社からはフィルムと現像代、現地コーディネーターをつけてもらえることになりました(その他は担当さんもわたしも自費旅行)。
なぜニューヨークに行きたくなったのかというのは、本書をぜひお読みください。。。(だいした理由でもないですが)。

ーーー

そのときの現地コーディネーターで、その後友人になった、そのときすでに在米15年だった人との出会いも大きかった。
ひとりでは知り得なかった情報をたくさん教えてもらい、その後、単行本にまとめるときは、毎回、英文や情報のチェックを頼みました。

ーーー

はじめてのNY旅行は約1週間。そのあと2度行って、住んでしまいたいと思ったのは、もちろんこの街にじっくり滞在したいと思ったのも確かですが、そのころはいろいろとしんどいこともあって、いったん全部リセットしたかったというかんじも大きくて。。。。当時は円高で留学ブームで、それにほいほいのっかりました。
もともと、あんまり後先考えないタイプではありますが、ほんと、後先考えてなかったな。。。(だめだめなかんじ)。

しかし、だめだめってとこはじつは重要で(ほんとかな?)、このマンガのいいとこってあるとしたら、たぶん、もともと英語好きとかできる人がどうしたって話じゃなくて、だめだったとこから、ということだと思うので、それもありってことにしといてください(汗)。

ちょっと現地に慣れたり、言葉できるようになってきたり、その後ちゃんと学校に行ってしっかり語学やったりすると、ちょっと難しいけどこれ覚えるといいよっていうのを言いたくなっちゃうんですが、いまでもなかよくしてもらってる『おしゃべりニューヨーク』の担当さん(集英社で仕事するようになってからずっと、そして、このマンガをずっと担当してくださってた)が、どこから読んでも難しすぎないよう、いつも冷静にやんわり軌道修正してくれたこと、ほんと感謝しています。

ーーー

*時系列でいうと、『カリフラワーズトーク』絶版単行本(汗)3巻分は渡米前で終わっています。モーニングには渡米後も連載を1年半ほど続けていましたが、その分は単行本には収録されていません。
で、『おしゃべりニューヨーク』が始まったのは、渡米後、数ヶ月してから。

ーーー

『カリフラワーズトーク』は、そのときそのとき見たこと、気になった事を語るというものでしたが、担当さん(連載開始からNY住みに行って数ヶ月後くらいまでずっと担当だった)に、「悪く言わない」(悪く思うならとりあげない)でやろうって、かなり始めのころ言ってもらって、それをずっと守ってきたし、いまも自分の芸風はそれだと思っています。

わたしはおもしろく皮肉をいえるほど頭脳明晰じゃないし(そういうのできるってあこがれるし、読むのは、人によるけど好き。ナンシー関さんとか)、それはわたしにはできない、続けてはできない、続けて行くためのわたしの芸風ではないと、はやいうちに悟ったのは良かったように思います。

いちど、一般的なネタもやってみようって、きらいじゃないけどあまりすごくは好きじゃないバンドのコンサートのレポートを描いてみたけど、ぜんぜんおもしろくならなくて(すんごいがんばって描いたつもりだったんだけど)、こういうことはやっぱりやめましょうって言ってもらったことがありました。そこをわかってもらえる人でほんとによかった。結局それは単行本には載せていません。

だから、イラスト/絵/カットだけの職人的な仕事と、エッセイマンガ/イラスト仕事は、はっきり分けてきました。たとえば、イラストを描くだけならだいたい何でも描くし、絵柄なんて要求されればそのように変えもしますが、自分の名前で描くエッセイやマンガのなかで、心から思ってないのに「これ、いいよね」的なことを書くことだけはやらないできました。

わたしはほぼ仕事を断るってことないんだけど、そのような依頼だけは断ってきましたし、続けてやっていた広告で途中からそれを要求されてしまい、降りたこともありました。
全然たいしたポリシーとか哲学とかいうんじゃないけど、それくらいしかわたしがエッセイマンガを書く意味がないと自分では思うし、おいしい、楽しいという、「じぶんのリアクション」は読者にあんまり関係ないので、対象物/人/エピソードを描くようにしてきたつもりでもあります。
こっそり小さな声で、細々と思っています。

ーーー

『おしゃべりニューヨーク』1巻<上陸編>では、解説を、まんが評論家の村上知彦さんに書いていただいてます♬♬

村上さんは、高校生〜大学生のころ愛読していた大阪のタウン誌「プレイガイドジャーナル」の編集をされていました。
わたしは映画の試写券に応募するハガキのすみっこにラクガキを書いて送って、それが読者ページに掲載されたのが飛び上がるほど嬉しくて、何度も何度もしつこくそんなハガキを送りつけていた、いち読者でした。

当時の「ぷがじゃ」(プレイガイドジャーナル)の懸賞は、当選したら、編集部までとりに行かなくちゃいけなくて、数度行った記憶があります。が、そのときは、誰と話をするなんてそんなことはできるはずもなく、ちらりとみえる「編集部」ってものにどきどきしながら、映画の券もらってこそこそと帰るみたいなかんじ。

わたしは今でも、打合せに編集部とかに行っても、誰にどう話しかけたらいいのか、そもそも入っていいのかとかうろうろそわそわしちゃうんですが、そのころから同じ。。。。(汗)。

そのうち、大学を卒業して、就職するのが単に嫌で上京してバイトしながらセツ・モードセミナーに行きつつ、仕事を少しはじめたころに、『大阪呑気辞典』というコラムにちっちゃなカットとか、ぷがじゃに映画レビューみたいなイラストとエッセイを描かせてもらったりしました。

そのころ東京にいらした村上さんに、一度だったか、お互い歩きで行ける中間地点だった、早稲田のどこかの交差点で原稿をお渡しした記憶があります。
喫茶店とかじゃなく交差点で渡すというのがなんだかやけに記憶に残っていて、当時住んでいた市ヶ谷柳町のアパートからてくてく歩いて早稲田まで15分くらいの散歩コースとともに、わたしの脳内ハードディスクの記憶フォルダにしっかり動画で残っています。

ーーー

今回解説をいただいて、いちばんびっくりしたのは、学生のころ作っていた個人誌を読んでてくださったってことで、そんなことこのウン十年間ぜんぜん知らなかった〜〜〜(汗汗汗)。

そのあと、わたしが行方不明になったり(いや、渡米とか)して、わたしは村上さんが大学の先生などされているのを遠くから存じ上げてはいたけれど、すっかり連絡などもしないままになっていて、長い(汗)年月がたち、、、、つい5年ほど前、ブログにメッセージをいただき即座に返信をしました。
その内容は、『大阪呑気辞典』が文庫になるので、1カット使えないかということだったんですが、そのメールの返信をしたのが関西空港。『アメリカまるかじり』の取材にニューヨークへ行く飛行機の搭乗がまさに始まっったときなのでした。

またまた、おともだちのギャラリー「あしたのはこ」さんで開催された、ひさうちみちおさんの展覧会にいらしたと聞いたり、なにかご縁が近づいているかんじはしておりましたが、去年大学でやった個展にいらしていただいたのが20数年ぶりのリアル再会。

で、その半年くらい後、中津のシカクさんでプライベートなゲーム会をやっていたときに、たまたま村上さんがお店にいらしてびっくり!
ご縁ってふしぎです。

(続く)

だいたいやさぐれているTWITTERはこちら
ひさしぶりのご報告
むぐぐ。。。4ヶ月も放置してしまって。。。
いろいろまわってなくて、ひさびさの書き込みになってしまいました。

前回からは、
尾道のZINE CIRCUSが10月まで会期延長になり、そして終了、夏の東京のコミティアに参加、8/30-9/8に姫路で開催された「日本ZINE」に委託参加、10/13関西コミティアに参加などがありました。

もうちょっとしたら、とあるお知らせができる予定です。
情報解禁までもうちょい!

ただいま、大阪のギャラリー「あしたの箱」で開催中の「懐紙と菓子 展」に参加しています。

菓子と懐紙 展 〜sweets on the paper〜
2013.10.12(土)〜10.20(日)会期中無休
13:00-19:00(最終日19:00)


この日曜日までですが、いろんなかたが作られた、いわゆる「懐紙」(お茶の席で、お菓子をのせる紙、、、ですよね)がたくさん並んでいます。
わたしは「いぬ」「とり」「くま」の3デザイン作りました。
懐紙としてはプレゼンのみなんですが、久々に水彩で描いた原画を展示/販売しています。

展示のようす。
(画像はすべてクリックで拡大)
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プリントした懐紙。
2
懐紙はふたつに折って使うのですが、上下で二通りずつの使いかたができるように、デザインしました。
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「いぬ」のには骨ビスケット、「とり」のには木の実っぽくマーブルチョコ、「くま」のには鮭、、、じゃなく、おっとっと(おかきタイプとビスケットタイプと)をのっけてみました。

土曜日(う、明日です)には、お茶会もあるようです。
お時間ありましたらぜひごらんになってください♬

*******
秋のイベント祭(?)開催中です〜。
10/20(日)コミティア
  【G-05b】東京ビッグサイト
11/2,3(土日)デザインフェスタ
  【B-32】東京ビッグサイト(1階)
11/4(月祝)文学フリマ
  【エ-11】(東京流通センター)

わたしの本の新刊はありませんが、既刊monmon booksのほか、
企画・ブックデザインをしましたゲームデザイナーの大山功一さんの本を『夢の話』(3冊セット)を、新刊として持って行きます〜。
おおやま

デザフェスは、バッグ中心です。
いつもの黒犬&漢字トート、カラートートをたくさん持って行きます。
くわしくはmonmon bagsへ☆

*******

去年も企画プロデュースした『湖西のおいしい!MAP BOOK』第二弾がもうすぐできあがります。
てらいまきさん、イシヤマアズサさん、松本結樹さんの3人に、湖西線駅周りのおいしいイラストマップをたっくさん描いてもらったかわいい本です。
原画展も開催します。
秋の行楽のついでにぜひ原画展&琵琶湖&湖西おさんぽはいかがでしょうか。

今回は、近江舞子〜近江塩津という、北半分なので、駅前にいろいろお店があるというよりは(ある駅もあります♬)車、または、レンタサイクル推奨なんですが、そのぶん、より地元らしさの濃いものがたくさんありました。

滋賀・湖西のおいしいイラスト展 vol.2
2013年10月26日(土)-12月1日(日)12:00-18:00
11月11日(月)〜15日(金)休 入場無料

@成安造形大学(JR湖西線/京都から5駅目、おごと温泉駅からスクールバス3分/日曜はスクールバス運休)

ビジュアルをふくめた詳しいお知らせはまた!

日常のつぶやき、情報はぜひTwitter@monmonbooksで☆
(ちょっとやさぐれたりしておりますが。。。。汗)
3月も半分!(汗汗)
あああ、全然更新できてないまま、1ヶ月以上がたってしまい。。。
時々でも見ていただいているかたがいらっしゃいましたら、すみません、ありがとうございます。

年末から携わっていた勤務先業務の一環としての編集作業が佳境となり、慣れない仕事でいっぱいいっぱいとなっていました。
やっと無事手が離れ、もとのペースに戻ってきました。

とりあえず近況です。
前回お知らせしていた、アプリ「さるやまはげの助」アプリ、略して「さるプリ」内のぱらぱら絵本『黒犬とのくらし』4回分をアップしています。

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無料ビューワーのダウンロードはこちらから
ネタを見るにはチケット購入が必要なのですが、初回ダウンロード時には3回分のチケットがついてますので、3回分は無料でごらんになれます。

『黒犬とのくらし』ただいまアップされているのは、
第1回『雨ニモマケズ』
第一回アイコン
第2階『黒犬の毛』
icon-kuroinunoke.jpg
第3回『水玉犬』
icon-miozutamainu.jpg
第4回『うれしすぎて行き過ぎ』
ureshi-icon.jpg
となっております!

毎月6、23、30日更新です(たしか!)ので、次回更新は23日のよていー。
このぱらぱら絵本のシリーズは全9話、続けてこんどはぱらぱらじゃない犬絵本『いぬのおしえ』(仮)シリーズに突入の予定です〜。
『黒犬とのくらし』は、monmonbooks『はるのおくりもの』をベースにしてますが、全部書き下ろしで別のネタもだいぶ入ってます。『いぬのおしえ』はmonmonbooks同タイトルのものとほぼ同じになるとは思いますが、絵はすべて書き下ろしとなります。

また、ただいま、このほかふたつ仕事にかかわっておりまして、ひとつは挿絵、ひとつは久しぶりのイラストエッセイです。
あいかわらずばたばたしてますが、どうぞよろしくお願いします!

Twitterこちらです
もう年末
先日、大学近くの比叡山坂本に取材で行ってきました(自分の取材じゃなく、取材のつきそいみたいなかんじです)。

わたしは実はたいへん出不精なので、ふだんの道のいつもと違うところを見つけたりとか、用事で行った場所で時間の許すかぎり歩いてみるとか、旅と決めた場所で目的もなくうろうろするとかは好きなのですが、、、、。
なんていうのかな、出かけること自体にはマメじゃないっていうか。。。。
休日ごとにあちこちに行ってみるとか、出勤途中の駅で降りてみるみたいなことはあんまりしません。
旅の途中では降りたりすることもあるけど、出勤通学時はいつも時間ぎりぎりだし。

比叡山坂本は大学のある駅の、いっこ前(京都寄り)の駅。
ここは比叡山の入り口でももちろんあり(しかし駅からケーブルカー乗り場までが遠い。。。)、日吉大社も有名だし、古い石積みがたくさんある風情のある町と聞いてはいましたが、いちども行ったことなかったので、この機会にと思い、同行させてもらったのでした。
というわりには、石積みの写真を撮ってない自分に驚く(今更)。すみません(汗)。

これは「比叡のお猿さん」というもなか。
これは以前にいただいたことがあり、すっごくかわいかったので、なにはともあれ、まずはこれを買いたかった〜。
お店の前で。お猿さん、積まれてます。
さる1
子猿を抱いてます。カワイイ。。。
さる2
老舗「鶴喜(つるき)そば」のゆばそば(冬期限定)。
ゆばそば
みかけたベンチ。カメヤマローソク。。。
ベンチ
昭和の香りのする看板。
けーぶる

さて、今年もあと少し。
デザフェスとコミティア終了などなど
11/10,11デザフェス、11/18コミティアに出展しました。
デザフェスの展示はこんなかんじ(毎回だいたいイメージは同じ)です。
(画像はクリックで拡大)
デザフェス
今回はお隣が大学のゼミのブースだったので、学生4人に店番のバイトを頼みまして、すこーしだけ会場を見て回ることができました。といっても、会場広くてとりあえずごはん食べて休んだあと、ざーっと歩いて回るくらいしかできないのですけど。。。(コミティアは画像ありません〜)

でも、コミティアにしてもなんでも毎回やっぱり、こんだけもの作ったり書いたりして、それをまた発表したい人がこれだけいるっていうことがすごいと思うし、見に来る人もほんとにたくさんいて、そしてイベントには生身のコミュニケーションがあったりするから、ネット社会でなんとかかんとかって言われていても、結局は自然なバランスとれてるんじゃないかって思ったりします。

デザフェスでは193枚の黒犬バッグと56冊の本、コミティアで15枚の黒犬バッグと23冊の本、その前の大学での個展で60枚の黒犬バッグと120冊の本がいろんなところに旅立って行きました。
その前の8月コミティアではバッグが29枚と本が73冊、2月から7月いっぱいまでお世話になった丸善ジュンク堂フェアでは55枚のバッグに135冊の本、で、9月中旬の東京アートブックフェアと10月中旬の関西コミティアは、MON展と、同時進行でプロデュースしていた展覧会&冊子発行とでいっぱいいっぱいで、記録さえとっていなかった。。。(汗)
広島の一箱古本市や豆ZINE展にも出展させていただいたり、ブログやTwitterなどがきっかけにもなり、いろんなご縁がつながった年でした。
そのあたりもまとめて、今年の総括はもうちょい年末にとっておきます。

映画や本や旅のことも、少しずつアップしていきたい。。。

今年残りのイベントはふたつ、ひとつめは、今年3年目、京都の期間限定書店「三条富小路書店」、12/4-16、京都三条富小路にあるギャラリーH2Oで開催されます。
MONMON BOOKS、フルラインナップで参加です!
もうひとつは、滋賀の成安造形大学内カフェテリア結(ゆい)にて、12/1~22(日曜休み)「PRESENTOTE(プレゼントート)」展です。大学教員スタッフ有志でトートバッグを制作、展示即売をします。わたしはいま黒犬バッグが全然手元にないのもあって、1種類なにか新作を作りたいと思ってます。

あ、最後になりましたが、デザフェスのときに、バッグをリピート買いしてくださったかたのおともだち!
でざふぇすらいおん

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